モーターサイクル 06

二人が着替えている間に私も着替えておこうと、自室へ歩みを進めた。


さて、何処で買い物をしようか。ショッピングモールまで行っても良いが、車を動かすのは面倒だ。しかし、車がなくては運べないだろう。―――疲れるな。


テキトウに服を選び、着替えようとカーディガン手を掛けたときだった。


「峰木ちゃん、着替え終わったんだけど」
「…扉の前で一度声をかけるという選択はなかったんですか」
「いやー、思いつかなかったわー」
「白々しい」


いつのまにか猿飛佐助が私の背後に立ち、苦無を首元に突きつけていた。呼ぶだけなのに、わざわざ面倒を。


「やっぱり駄目だね、峰木ちゃん警戒心なさすぎだよ」
「警戒する必要がない世ですから」
「戦もなさそうだしね」
「日本ではありませんよ。だから武器も持つ必要がありません」
「そんなだから、こうやって背後を取られるんだよ」


より距離を縮めてきた苦無を手で押し退け、猿飛佐助に向き直った。貼り付けた笑みを浮かべ、苦無を振っている。


「何が言いたいんですか」
「易々と男を家に上げたら、こうなるってこと」


とん、と軽くだがしっかり肩を押され、重力に抗うことなく私は倒れこむ。その上に、猿飛佐助は身体を載せた。所謂、馬乗りの状態である。こんなことをされれば、次に何が起こるかは大体分かる。


「あのとき見放していれば、良かったんですか。そうしても、貴方方は強引に部屋に入って来たでしょう」
「その通りだよ。だからこそ、だ」
「忠告ですか」
「そう思ってくれて構わない」
「次があるんですか?二人以上になることは可能性としては低くありませんか」
「……そうじゃなくてさあ、峰木ちゃんに何かあったら俺様が困るんだよ」


少しばかり眉を下げる猿飛佐助。甲を取ったので、橙色の髪が垂れる。こういう状況でなければ、ときめくところなんだが。顔が良いというのは、こういうときに困る。
私は盛大に溜息を落とした。


「この訳の分からない未来で野放しになり、生きる術を失い、元の世に戻れなくなるからですね」
「期待外れの科白をどうも有難う」
「馬鹿にしないでください」


猿飛佐助の胸板を押し、そこから這い出て立ち上がる。こんな生活が毎日続くと思うと、憂鬱だ。誰かに押し付けたいが、その人が殺されてしまっては私の責任になる。何かあったら殺しかねない人間だからだ。私の所に来たということは、その時点から私に責任があるのだ。そう言い聞かせ、心を落ち着かせる。


「出て行ってください。着替えますから」
「怒っちゃった?」
「その位で怒るほど、子どもではありませんので」
「なーんだ。峰木ちゃんの怒った顔が見られるかなあと思ったのに」
「見たいんですか」
「だって、峰木ちゃんいっつも同じ顔じゃん。疲れたような、諦めているような、眉間に皺がある顔」


ばたん。猿飛佐助の言葉が終わると同時にドアが閉まった。直ぐに部屋にある鏡で自分の顔を見てみる。―――確かに、眉間に皺が寄っていた。それもこれも、あいつの所為だろうに。ぐりぐりとその皺を人差し指で押す。


さて、二人が着替え終わったということは急がなくてはいけない。私は再びカーディガンに手をかけた。



mokuji