モーターサイクル 05
「おはようございます。気分は如何ですか」
「……毒でも盛った?」
「そうであれば真田さんも気を失っている筈です」
「俺はどうもなっておらぬ。大丈夫か、佐助」
「…うん、もう平気」
そう言って布団から這い出ようとする猿飛佐助を真田幸村が押さえた。私は粥やおにぎりの載った盆を脇にある座卓に置く。
「粥とおにぎりです。お茶もありますので、食べてください」
「いらな、「いらないは却下します。また倒れられては迷惑です」…」
「佐助、峰木殿が用意してくださったのだ。食べぬのは失礼だ」
「…アンタ、峰木っていうの」
「はい」
私が居ては居心地が悪いだろうと思い、リビングから離れようとドアに手を掛ける。それを、やはり猿飛佐助が呼びとめた。
「なんですか」
「何処に行くの」
「貴方方の衣類を持ってくるために隣室へ行きます」
「…あ、そう」
未だに疑惑の目を向けたまま、彼は真田幸村に返事をしている。私の家なのにとか思いながら、深く息を吐いた。
隣室は、月に何度か訪れる男の為に用意してある部屋だ。断じて彼氏や夫ではない。クローゼットを開けると、思いの外服が並んでいた。そこから適当に夏の服を選ぶ。見たところのサイズではあるが、多少の誤差は妥協してもらうとしよう。引き出しを引けば靴まで入っていたので、次に来たときに問い質すと決意する。サンダル程度であれば、はみ出ても我慢できるだろう。奴は普通よりもやや大きめなので、きっと大丈夫。
服を持ってリビングに入ると、しっかり頬張っていた。良かった。おにぎりが残り二つしかないのには驚いたが。
「味が濃くはありませんか」
「丁度良い加減に御座ります!」
「それよりも峰木ちゃんは貴族のご子息なの?」
「…白米は現在廃棄してしまうほどありますよ」
「な、なんと…」
「勿体無くて味わってしまったよ」
服を置いて二人が食べるのを見やる。動き辛そうな格好だ。
「それを食べ終わったらこれに着替えてください。いろいろ買いに行きますから」
「色々、とは」
「衣類に食糧、その他生活用品です。その格好では目立ちますので、絶対に着替えてください。着方が分からなければ遠慮なく聞いてください。あと、武器は所持してはいけませんので」
「丸腰で外には出られないなぁ」
「銃刀法という国の決まりがありまして、基本的に銃砲刀剣類の所持は認められていません。違反した際には、国の役人に捕まります」
「ええー」
不満顔の猿飛佐助。やはりこの程度の説明では、納得してくれないか。
「刃渡り十五センチ――じゃない、五寸未満の刀であれば、一本なら構いません」
「一本だけ?」
「はい。あと、無許可で出さないと約束してくだされば」
「ううーん、仕様が無いね」
本当はこれでも駄目な筈だ。うろ覚えの知識なので、信用は出来ない。だが、外出するためには止むを得まい。
「あい分かった。某の二槍、峰木殿に預けまする」
「ありがとうございます。あ、食べ終わりましたか」
「うむ、まこと美味しゅう御座いました」
「それは良かったです」
二人の食器を再び盆に載せ、キッチンの流しに置く。さて、洗うか。
「…峰木ちゃん?」
「はい、なんですか」
スポンジに泡が立ち始めた頃、猿飛佐助が控えめに私を呼んだ。顔を上げれば、二人は立って此方を見ている。
「え、出て行かないの」
「どうしてですか」
「着替えるんだけど」
……成程。意味を理解し、私は手に付いた泡を水に流す。
「早くしてくださいね」
「す、すみませぬ…」
私の家なのに。何度思ったことか、もう思い出せなくなっていた。