たとえばのはなし 一


とある茶屋の看板娘は新たな客へ茶を運ぶ。
その客は笠を深く被り、うまく顔は見えなかった。注文を尋ねれば、団子をひとつと端的に返される。


その男の隣に、商人らしき男がどかりと座りこんだ。看板娘に向かって団子をひとつ注文する。笠の男は無言でその商人を見やった。それと同時に商人も笠の男を見る。


ぱちり。目が合った。
直後、商人が楽しそうな笑みを浮かべた。


「おい、聞いたか。あれ、この町に向かって来ているらしいぜ」


そうして徐に始まる噂話。笠の男は商人の噂話に載ることにしたようで、首を傾げてみせた。


「“あれ”?なに、それ」
「お前、知らないのか?ここいらじゃ珍しいな」
「勿体ぶらないで教えてくれよ」
「闇の色した着物を着ている女だよ」


聴き慣れないものなのか、笠の男は益々首を傾げる。そんな様子の男を見て、商人は「町では大体みんな知っているんだがなあ」と呟いた。
丁度そのとき、看板娘が団子を運んできた。


「真っ黒な着物で腰に刀を一本下げているんだ」
「ふーん」
「その女は何でも戦をする人間が嫌いらしくってな、その刀で戦場に赴いて武士を殺すんだ」
「武士を、」
「変な喋り方をするらしい。お前さん、武士じゃなかろうな」


「武士」という単語に過剰に反応したのを見ていた商人は、笠の男の顔を凝視した。笠の男は苦笑を漏らしながら、団子をひとつ食べる。


「まさか。違うよ」
「なんでもいいが、気を付けな。恐ろしく強ェんだ。この前はあの金野を殺ったそうだしよ」
「金野を?そりゃ、怖い」


金野とは、近江の国のとある城の城主だ。城の名こそ広まっていないが、そこに「金野」という名の強い武士がいるということは近辺に住む者であれば、大抵は知っていた。
その金野が女に殺されたとは、知らなんだ。


「おうよ。ま、武士以外は斬らねェらしいし、心配要らねェな。―――おっと、それじゃ、俺は行くぜ」


奢ってやるよ。そう言って、団子の串と硬貨を幾枚置き、商人は立ち上がった。笠の男が律儀に礼を述べれば、歯を見せて笑う。


「お前さんも達者で」
「ああ」


そのまま商人は荷物を担いで出口へと急いだ。笠の男は笠を被りなおし、団子の串を置く。


「だってさ、旦那。ちょっとやばいかも」


ぽつり。誰に言うわけでもなく呟いた。


刹那、笠の男は音もなく消え去っていた。瞬きの合間に、消えていた。


「そういや、お前さん、―――って、ありゃ?」


振り返った商人は、笠の男がいないことに首を捻る。確かに、先程まで座っていたはずだというのに。


「おっかしいなあ」


カァ、と何処かで烏が啼いた。



・・・




カラン、コロン。下駄が歌う。道の外れで女は嗤う。


「此処が甲斐さァね。小生はお呼びでないと、烏が啼くよ」


烏を思わせる漆黒の着物は風に翻り、闇を思わせる墨色の鳥は天高く飛びあがった。


mokuji