モーターサイクル 03


「それでは、某と佐助は、如何すれば…」


呆然としながら言葉を紡ぐ青年。不安と混乱と絶望といったところだろう。私は煙草を一本取り出し、火を点ける。そんな様子の私を、橙色頭の男はじっと見据えていた。


「何でしょうか」
「おねえさんさァ、此処に一人で暮らしているの?」
「急に口調を変えなくても結構です。家に上げてほしいんですか、それとも宿を探してほしいんですか」
「あはー、バレバレってわけか。―――どっちかって言うと宿だけど、俺様たちだけで生活するのは辛そうだからね」
「家に上げろと」
「まあ、そういうことになるね」
「さ、佐助!いくら何でも、それは余りにも不躾な要求だぞ!」
「でも旦那、俺達はこんな所でくたばっていられないだろ。ここで死んでしまったら、大将の天下も見られないんだよ」
「っ、…それは、」


尤もなことを言い出した青年に対し、男も尤もなことで返す。真面目なその言葉に、青年は口を噤んだ。彼らは武将なのだろうか、それに昨晩のことから武田信玄の部下とも推測される
。しかし、おかしなことだ。本当に四百年前に居たと言うのであれば、それは明らかに嘘だ。世間一般が知っている武将らは、みんな年を召して髷を結い、髭を蓄えている。地味な甲冑に身を包み、刀を掲げている。
―――ところが彼らはどうだ。未だ若く、髷など結いもしていない。髪色だって茶色に橙色だ。一人は赤いジャケットを生身に羽織っていて、一人は迷彩柄のポンチョである。現代でなければそのようなセンスは思い付きもしないだろう。随分と下手な嘘だ。
だが、タイムスリップを装ってまで我が家に侵入したのであれば、綿密な計画があるに違いない。そんな発想を思い浮かぶほどなのだ。だとすると、このように下手な嘘を吐くとは思えない。


―――では、彼らは何者なのだろうか。
そう考えていると、結論がついたのか、青年が真摯な眼差しで私を睨んだ。


「某からもお願い申し上げまする」


ベランダのコンクリートの上に手をつき、頭を下げる青年。それを見つつ、男の方を軽く見る。すると、その男までも膝をつき頭を垂れた。ベランダでなんという状況だろうか。
私は無言で窓の鍵を開け、からりと人が通れるくらいに開けた。

「取り敢えず、ベランダで土下座をされていても迷惑なので上がってください。土足は禁止です」
「か、忝う御座ります!」
「保留にしておきますので、早く」
「佐助からも言わぬか!」
「あ、うん。ありがとうね…」


力無く笑ったかと思うと、突然男はベランダと部屋との段差で躓き、そのまま床に顔面から突っ伏してしまった。これには私も、そして青年でさえも驚き、慌てて男の所に駆け寄る。気絶しているかのように見えた。


「佐助!如何したのだ!佐助!」
「…顔色があまり良くありません。直ぐに布団を用意しますので、その人を楽な格好にしておいてください」
「し、しかし、佐助はこれを取るのを酷く嫌がるゆえ…」
「人命とどちらが大切なんですか。早くしてください」
「う、あい、分かった…」


青年が男のポンチョに手を掛けるのを確認してから、私は客室の方へと足を急がせた。そこから敷布団と毛布を引っ張り出し、それらを担いだ。ああもう。初っ端から面倒なことだ。
自室へと一度立ち寄り、そこにあった灰皿に吸殻を突っ込んでから再びリビングへ。ドアを蹴って開けると、青年が目を見張ってこちらを見た。
その膝下には先程のポンチョが取り払われ、靴も脱がされてラフな格好をした男が居る。床に布団を敷いてから、青年に男を寝かせるよう指示した。


苦しそうな男と、心配している青年を見ていると、とても嘘を吐くような様子には見えなかった。まあ、人は見た目で判断してはいけないと言い聞かせ、綺麗なタオルを湿らせた。




mokuji