モーターサイクル 02


五月蝿い携帯のアラームの音で目覚め、私は眼を細くして携帯の画面を見る。現在午前十時三分。いつも通りの遅い起床だ。
私は欠伸を噛み殺しつつ、ベッドから起き上がる。今日は土曜日。来訪者は無い(だろう)しバイトも無い。休日だ。私はのんびり本でも読もうと思い、まずは朝食をとリビングの方へと足を運んだ。


こん、こん、こつこつ。


デジャヴだ。リビングから聞こえる妙に軽快なその音に、私は顔を顰める。鳩でも来ているのだろうという楽天的な思考は何処かへ落として来た。私は嫌々リビングのドアを引いた。―――案の定、と言ったところだろう。私は低く唸り声を上げる。


「ちょっと、アンタ、起きるの遅くない」
「どうでもいいです。それより、どうして貴方方は未だ此処に居るんです」


その音は窓が発信源であり、生み出していたのは昨日の橙色頭の男であった。その背後に隠れるようにして二槍の青年も居る。
私は決して窓を開けまいと、距離を置いて窓の前に立つ。


「此処に戻って来たのは今朝だよ。ずっと居たわけじゃあない」
「ああそうですか」
「それより、本当に此処は何処なの」
「ですから言ったでしょう」
「アンタの住処でしょ。そうじゃなくて、此処は何処の“国”だってこと」
「国?日本ですよ。貴方も日本語を喋っているじゃないですか」
「にほんって、まさか」
「は、貴方外国の方なんですか」
「外国って、南蛮のこと?アンタ、南蛮に博識なの」
「南蛮南蛮って、普通にポルトガルやオランダと言ったらどうですか」
「南蛮の地名か、やっぱり分からない」


埒が明かないと思い、私はこいつらを放置しようかと思ったとき、控えめに二槍の青年が「あの、」と声を出した。


「此処は、南蛮なので御座いましょうか」
「違います。日本です、日の本。お日様の日に本物の本。ご存知でしょう」
「ひ、日ノ本だと申されますか…!」
「なんですかその言い方。じゃあそれでいいです日ノ本です」
「な、なんと、」


此処が日本、もとい日ノ本だと肯定すると、青年と男は共に目を見開いた。驚愕。そんな顔だ。何をそんなに驚いているのだろうか。ツッコミ所満載な彼らには意地でもツッコミを入れてやるものか。断固拒否。


「こ、此方に、此方にお館様は!武田信玄公はいらっしゃりませぬか!」
「武田信玄?同姓同名な方は知りませんが。そんな昔の人の同姓同名を探してどうするんです」
「昔の人、とは」
「武田信玄なんて、戦国時代の有名武将ではないですか。日本史でやらなかったんですか」
「…ねえ、此処は戦国の世じゃないの」
「まさか、そんなわけありません。既に平成ですよ。貴方方、どんな所で生活してきたんです」


素朴な疑問をぶつけると、二人は絶句してしまった。どういうことだ。
しかし、いくら私でも先程から質問内容がおかしいことにくらい気付く。二人は外国を「南蛮」と、日本を「日ノ本」と称し、挙句の果てには武田信玄を尋ねてきた。まるで、武田信玄が未だ生きているかのように。

これじゃあこの人達がタイムスリップして来たみたいではないか。そんな非現実的なことがあり得る筈が無い。演技の可能性も無きにしもあらずなのだ。


「戦国の世から、此処はどの位経っているの」
「四百年です」
「…四百年なら、考えられないわけでもないね」
「何がですか文明が発達していることですか」
「ご名答。そうなんだ、俺達先の世に来ちゃったみたい」
「お気楽そうに話しますね、其方の方は混乱しているようですが」
「まあ、完全に信用はしていないから」
「はあ、そうですか」


渇いた笑いを漏らしているが、男の目は不安げに揺らいでいた。青年は完全に状況が読み取れておらず、瞳を右往左往している。ああ、面倒臭いものが来たものだ。


「これじゃあまるで、私が小説の主人公で、タイムスリップして来た武将を拾ってあげる物語じゃないですか」


全てが、真実であれば。



mokuji