たとえばのはなし 五

「ひィッ」「な、なんてやつだ」「真に女なのか…っ」


残った四人の臣下らは怯えを隠せないでいる。その手の刀は恐怖でカタカタと鳴り、今にも落ちそうだ。真田と猿飛も険しい表情を浮かべたまま、警戒している。
佐倉のみにたにたと卑しい笑みを浮かべながら、足元に蹲る臣下のひとりを見下ろしていた。男は右目を押さえ、未だにくぐもった声を漏らしていた。


「まずは、ひとり」


刀の代わりに引き抜かれたのは、―――団子の代わりに目玉を突き刺した団子の串。赤く血の滴る串を愉快そうに振った。男の耳を塞ぎたくなるような絶叫も、佐倉に届かない。


「目玉は抜いていやしませんのだから、早急に手当すりゃ問題ないでござんしょ。ああ、でも、」


佐倉の顔が、陰る。


「戦人ですし、せっかくだから殺しておくのがええですわな」


刹那、刀と刀が交わった。憤怒に揺らぐ真田の瞳と、悦楽に歪む佐倉の瞳が合う。佐倉は刀を逆手に持ったまま、残像すら残さないような速さで刀を振るった。真田はただそれを受け止めることしか出来ない。


「佐倉殿!何故に武人を嫌っていらっしゃるのか!?これではあまりに無差別に御座る!」
「アタシャ嫌いなものは嫌いなんです。理由を教えるにゃ、やっぱり兄さんが死ななきゃ」
「くッ、御主は、武人では御座らぬのか!?」
「女が戦場に立つのかィ?くノ一ならまだしも、戦人として華を咲かせるにゃァちと困難さね」
「何処にてそのような力を…!」
「さァて、何処かねェ。っと、隙アリだとでも思ったのかィ?夕焼けのお兄さん」
「ッ、くっそ」


猿飛が会話中の佐倉の背後を取ったが、手裏剣を苦無で受け止める。尚も刀は動いたままだ。二つの攻撃を封じたことにより、今度こそ隙アリと悟った臣下らが闇色の女へと駆け出す。
右では真田と刀を交わし合い、左では猿飛と苦無で力比べだ。器用な女だと、中々手裏剣を放せないでいる猿飛は思う。


「やっぱり、莫迦だ」


溜息混じりに吐き出される落胆したような科白。佐倉は突然力を抜き、込めた力のぶつける先を失った刀と手裏剣は空を切り平衡感覚を崩す。
向かってくる臣下の脳天へと苦無は投げられ、別の者の胸へは刀が飛ばされた。避ける暇など与えず、それらはそれぞれの終点へと着いた。ひとりは白目を向き、ひとりは血を吐き出す。


「貴様ッ、よくも仲間を!」
「丸腰の女ならば勝てると思うたか。だから莫迦だと言っておるので御座いやす」


ピン、と串は女の手元へと跳んだ。男の最初の一撃を倒れるように避け、刀を握っている両手をしかと踏みつけた。顎を地面に擦りつけ、男は呻く。動く術を失った男に、佐倉は冷ややかな笑みを浴びせかける。


「団子の串は、このためだったのか…!」
「気付くのが遅いねェ。先程もひとりの男の目玉を潰して示してやったといいますのに。わっち、悲しいわァ」
「くそッ、戦を目前に女に殺されるとは…」
「女だからってェ嘗めるんじゃあありませんよ。そんなだから、足元を掬われるのさァ」
「くッ…」


情けなんぞありません。佐倉は男の脳天に串を突き刺した。ぐりんと目を回し男は前のめりに倒れる。


これで、生きている人間は真田と猿飛と、それから目玉を失った男のみ。


「ははッ、アタシャ嬉しいわいな。戦の前に戦人がこんなに殺せた」


不気味に嗤う闇色の女。赤色と橙色の男は背中に伝う汗に身震いをした。



mokuji