たとえばのはなし 三

「む、何奴」
「はじめまして。ワタクシ、通りすがりの娘に御座います。兄さんらは、何をしていらっしゃるんです」
「……、」


女の言葉に口を固く結ぶ男ら。ちきり、と女の腰元で刀が鳴く。途端に、男らの目付きが変わった。


「貴様、それはなんだ」
「これ?こりゃァ見ての通りでありんす。刀に御座います」
「女が刀を下げて戦場に何の用だ」
「それを訊きますかィ?その前に、兄さんらがアチキの質問に答えてくんなきゃ、嫌さね」


女は笑みを張りつけたまま、音もなく空気を凍らせる。放たれる殺気に、身を引く男。


「アラ、如何されやした?あ、ア、もしかして兄さんら、戦人じゃありませんかィ?」


男ら一同が息を呑むのを女は見逃さなかった。口角を吊り上げて狐のように目を細め、そうして鞘から刀を抜いた。陽に反射し、刃が鈍く光る。
すると、終始寡黙でいた奥の男――というよりは青年――が口を開いた。


「いくさびととは、戦をする人間、つまり武士のことで御座ろうか」
「いかにも。私はそう呼んでおりますえ」
「ならば、某とこの者らは武士で御座る。何をしているのかと申せば、明日に行われる戦の下調べに参上した限り」
「へえ、なるほど。戦人に会えるたァ、ツイているさね」


青年は警戒したまま、相変わらず嗤ったままの女を睨みつける。


「御主の質問に答えたで御座ろう。某の問いにも答えてくださるな」
「アッシに訊きたいことがあるってェ言うんなら、ささ、どうぞ尋ねておくんなまし」
「御主は近辺の者で御座らぬな」
「いかにも。のらりくらりと旅をしていやします」


食べ終わった団子の串を茂みに投げ捨て、もう一本を包みから取り出す。終始話しつつ口を動かしていた。


「旅の御仁が、斯様な処に何用で参られた」
「ヒひッ、早速確信を突くってェことは、兄さん、余程出来る戦人に違ェありませんな」
「…、問いに答えてくだされ」


焦らして舐めるように見られて居心地が悪く感じ、青年は思わず腰元の刀を掴んだ。何処か、恐怖心がある。


「小生、この世でいちばん嫌いなものがあるのです」


無造作に投げ捨てられる団子の串。


「ひとというのは嫌いなものは容赦せん生き物でござんしょ?嫌いだったら叩いても、苛めても、殺しても、咎める者などありゃしません」


新しく取り出された三色団子。


「だって、嫌いなんだから」


刀はゆっくり空を裂き、青年の脳天へと向けられる。


「アタシの嫌いなものってェのは、戦人のことで御座います」
「ッ、」「なにを!」
「だから、殺してもだァれも咎められない」
「貴様、」
「戦人は殺したいほど大嫌いなのでね、ご容赦くださいまし」


では、ごきげんよう。女は団子をふたつ貫いた串を口で銜えたまま、刀を掲げて駆け出した。青年の脇の男らを器用に避け、未だに刀を抜いていない青年との間合いを詰める。青年はその異様な速さに目を見張った。女は目を憎悪にぎらつかせ、刀を振り下ろした。


キィン。金属音が響き渡る。


「ふう、あっぶなかった…。間に合って良かったよ」
「おやァ、邪魔が入った」
「ごめんね。でもこのひと、俺様の上司だから」


笠が風に舞い、地面に落ちる。夕焼けが、目の前で煌いた。


mokuji