モーターサイクル 01



がちゃん。がたた。ごとん。


真夜中、正しくこの家主である峰木准は就寝すべく書斎の椅子から立ち上がったところであった。上記の物音が、書斎の隣にあるリビングから聞こえてきたのである。
時計を確認すると、午前二時三十八分。困ったことに、幽霊やらゴーストやらが出てきそうな時間帯だ。ジャストミート。
まあ、そんな非科学的なものの可能性もあるが、もう一つの選択肢として不法侵入者というのもあり得る。強盗殺人拉致誘拐強姦エトセトラ。実に迷惑な話だ。


准は懐から煙草を取り出し、口に銜えてから百円ライターで火を点ける。さて、と。侵入されてしまった以上、帰宅を促さなければならない。
念の為と携帯を開き、いつでも警察に掛かる状態にしておく。後は、護身程度にサバイバルナイフでも持って行こうか。否、余計に厄介なことになりそうだし使えるわけでもないし―――止めておこう。


そんなわけで、装備は眼鏡と煙草と携帯だけだ。殺意があるのであれば、さっさと命を投げ出そう。痛いのはノーセンキューだ。


書斎のドアを静かに押し開け、リビングへと出た。


途端に風が横切る。そうかと思えば、ひやりと感じる首筋の冷たい金属。どうやら背後を取られたようだ。耳元で微かな息遣いが感じられる。相手はやはり意図的に忍び込んだのだろう。
非現実的なものではない。ならば、対処しなくては。


「動くな。腱一つ動かしてみろ、即座に首を刎ねる」


恐ろしい脅しだ。准はお手上げという意を示すべく、口に銜えたままの煙草を振った。


「なに、盗みですか殺しですか。生憎お金は管理している人間が全て所持しているため、此処には御座いませんよ。それに私は殺しても何も面白いことのない只の人間です」
「…盗みも殺しも興味が無いね。此処は何処なの」
「此処は何処って、其方から此処に来たのでは」
「違う。目が覚めたら此処に寝かされていた」


男(推測)の発言に対して露骨に怪訝の意を表す。准は呆れ混じりの息を吐き、先程からちくりちくりと刺さる視線の主を見た。
この男の知り合いなのか知らないが、一人の青年が部屋の隅で此方を凝視していた。その手には二次元に登場しそうな二本の槍が握られている。格好も変だが、特に追求しない。


「はあ、そうですか。此処は自宅のマンションです。特に引き止めもしませんので、何時でも出て行ってくださって結構です」
「まんしょんって、なに、南蛮語?まあいいや。それより、アンタが連れて来たわけじゃないの」
「私は何も。おおよそ貴方方を誘拐して来た人物によって此処が駐留点となったんでしょう。追っ手でもあったがために貴方方を運ぶのが手間となり、適当にそこいらにあったマンションを拝借したと予想されます。ですので、私は何も関与していません」


明らかに口からでまかせである。しかし、致し方あるまい。


「そんな話が信じられると」
「思いませんが、私の中ではこれが推測です。取り敢えず出て行ってくれませんか。私は安眠を確保したいだけですから」
「……まあいいか。旦那、調査は後でも出来る。取り敢えずは此処から出よう」
「…あい分かった」


旦那だって。江戸っ子みたい。そんなことを思いながら、緩められた刃物を指先で押す。首を撫でてみると、若干切れてしまっていることが分かった。嫁入り前の娘になんてことを。なんて言ってみただけだ。
准の背後から男は離れ、「旦那」と呼ばれた男の所へと現れる。その頭が輝かしいまでの夕日色だったのは、見なかったことにしよう。
ギロリと最後に鋭い視線を此方へ向け、偶然開いていた窓から出て行った。偶然にしては出来すぎているが、もう面倒臭い。
何でも良いから早く寝たいのだ。窓を閉め施錠を確認してから、土足で汚れたカーペットを見下ろす。もう何度目になろうか、溜息を吐いてからカーペットを丸めて隅へ追いやった。明日にでも洗濯すれば良い。

准は煙草の火を灰皿で揉み消し、ぐっと伸びをする。さて、面倒事も片付いたことだし歯磨きをして寝るとするか。


mokuji