濡れた刀に、私は泪する  --01




橋場有子。


つい先ほどまでは平凡な女子高生だったが、突如現れたピエロ――もといメフィスト・フェレスに連行されて「ここは異世界だ」と告げられ、挙句の果てには祓魔師になることを決意した、非凡な女子高生である。更にはこの世界には悪魔という非現実的なものが現実的に存在するらしく、私はそれに憑かれているらしい。


祓魔師になること最初は躊躇ったが、両親に危険が及ぶやもしれぬと言われて、まるで口車に乗せられたように頷いてしまった。後悔はしている。


それよりもなによりも、


「…なんでこれが、あるのかな」


この刀がここにあるという事実に、頭を悩ませている最中だ。鍔が二つある長刀。これは、私のものじゃない。でも、私はこれを知っている。


この世界に来る、丁度二週間前からずっと、おかしな夢を見続けていたのだ。


私が、戦国武将になる夢だ。目の前にあるこの刀を振るい、武装した戦国武将らを次々となぎ払う夢だ。


人を殺したこがはないのに、人を殺す感触を知っているなんて、おかしな話だ。その夢があまりにもリアルで、初日から数日は嘔吐を繰り返していた。でも、一週間経ってしまえばその夢にも慣れてしまい、どこか傍観的な眼差しで自分の身体が動くのを見ていた。
この世界に来たから、あんな悪夢は終わると思っていたのに。


刀の柄を掴めば、どこか懐かしい気持ちになった。その気持ちに嫌気がさし、思わず歯軋りをしてしまう。
そのまま、メフィストさんの部屋へと駆け出した。


「メフィストさん!」


荒々しく扉を開けると、メフィストさんは「おや、有子さん」と平然と出迎えた。


「ちょっと、質問があるんですけど、」
「はい、なんでしょう」


早速刀を鼻先に突き付けると、ぱちくりとまばたきをしてから首を傾げられる。


「これが、何か?」
「これ、メフィストさんのものですか?」
「違いますよ」
「じゃあ、誰の、」
「あなたが持って来たものですよ、有子さん」
「……は、」
「あなたがここに来たときに、一緒に持っていたものです。ご両親が見たら驚くだろうと思って預かっていたので、この度お返ししただけですよ」


思わず言葉を失う。私がこれを持っていた?どうして、あれは夢の中のもので、私が持っているはず、ないのに。


「そうでした。私も丁度あなたを呼びに行こうと思っていたところなんです」
「…なにか」


パチン。メフィストさんが指を鳴らす。混乱している私の目の前に、ひとりの男が下りて来た。そのひとは、メフィストさんによく似ていた。


「実力テストをしましょう」
「……はい?」
「刀を所持していて、しかも平然と扱えるようなので戦闘経験があると見ました。そこで、彼、アマイモンと戦っていただきます」
「はッ、ちょ、なんで」
「祓魔師になるための試練、ですよ。では部屋を移動しましょう。アマイモン、有子さんをお連れしろ」
「ハイ」
「な、なに、勝手に話をすすめ、てっ、なにつかんで、ってか痛い!」
「うるさいひとですね。黙ってついて来てください」
「は、はァ?」


メフィストさんは勝手に話を進めて別室に移動したし、このメフィストさんに似ているひと――アマイモンというらしいけれど――は私の腕を割りと強い力で掴んでくるし、引っ張ってどっかに連れて行こうとするし。もう、どうしたらいいのかよく分からない。
そのまま別室に連れられ、アマイモンは私の正面に立った。


「…え、え?ちょっと、メ、メフィストさん、このひとと戦うんです、か」
「そうですよ。刀を使ってくださって構いません。アマイモンもそこまで柔じゃありませんから」
「そういう問題じゃ、なくって、」


メフィストさんは不思議そうな表情で私を見て、それから何故か笑って「頑張ってください」とエールを送られた。そういうことでもない。


ど、どうしよう。術もなくなってアマイモンをちらりと見た。






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