濡れた刀に、私は泪する  --02




「…刀、使えるんですか」


すると、アマイモンは私をまじまじと見ながら尋ねてきた。その質問に私は慌てて首を振る。


「そ、そんなわけないじゃないですか。刀なんて、持ったの初めてですよ」
「それにしてはふつうに持っているようですが」
「ほんとうですよ!こんなの、」


こんなの、持ったことあるわけがないじゃないか。脳裏をあの夢の映像が掠めたが、すぐに忘れようと頭を振る。あれは、ただの夢だ。私の知らない記憶だ。


「まあ、退屈しなければなんでも構いませんが」
「っ、」


ぞくりと、背中が粟立った。これは、味わったことのない――でも、何処か懐かしい――殺気、だ。どうしようかと混乱する頭の中考える。しかし、結論を出すよりも先に右腕が動いた。


「はっ、な、なんで、」


身体が、勝手に動いている。


意思も関係なしに右手はあの刀の柄を握り、そのままいっきに引き抜いてしまった。ぎらりと光る刀身は、夢で見たままだ。そん、な。


「戦う気、あるんですね」


そんな様子の私にも気にせず、アマイモンは愉しげににんまりと笑った。ちがう、私は戦う気なんて、ない。はずなのに。


視界の隅でアマイモンが床を蹴ったのが見えた。ふっと頭上に影が出来て、彼が目の前にいることに気付く。アマイモンはすでに、己の腕を振り上げていた。


がつん。と、鈍い音が響く。
それは、私の脳内ではなく耳元で鳴っていた。


アマイモンの拳は、私があの刀で、受け止めていた。


そうして刀でアマイモンの拳を振り払い、再び構え直す。アマイモンが着地する前に、身体は前へと駆け出した。まばたきをすれば、ライムグリーンの眼と目が合う。その目は、怯えた表情の私を映すと丸くなった。


ひゅうと喉を空気が通過する。腕は勝手に動き始めた。残像を残すことなく刀を振るってゆく。肉を斬るあの感触が、神経を伝う。どうしてこの感触を、私が覚えているの。


「っ、」


攻撃の隙を見て、アマイモンは私から間合いを取った。息は荒く、全身の太刀傷から血が溢れ出していた。たちまち彼の周囲に赤い染みを作ってゆく。。


やっと私に主導権が戻ってきたのか、刀を握る手が震え出した。そのたびにぽたりぽたりと落ちる紅。


「どうして、なんで、あれは夢のはずなのに、」


いまのは、確かに夢といっしょだった。


力こそないが、あのスピードで敵を圧倒していた。刀を振るう順番まで、攻撃パターンまで同じだった。一瞬で間合いを詰めるあの動きでさえ、私は確かに知っていた。


「刀、使えるじゃないですか」
「ち、ちが、う」
「退屈は、しませんね」


再びアマイモンが動き出した。もう、こんなことしたくないのに。


刹那、私の頭に一瞬で戦いを終える方法が思い浮かぶ。―――いや、あんなの、私は使えない。


しかし、何を勘違いしたのか、


「死色の翅翼よ、私を抉れ。私の罪を憎む…!」


口は勝手に動き出し、あの技をするべく刀を向けた。この台詞だって、あの技をする前に呟いていた言葉だ。


私に抵抗させることなく、アマイモンの最初の攻撃をなぎ払ってそのまま彼の身体を切り刻む。太刀筋なんて、私でさえ見えない。紫色の光が刀の軌跡を辿る。そこまで、夢と同じだ。


アマイモンを肩から腰にかけて斬り衝撃で身体が空へ跳んだその隙に、私は床を蹴って彼よりもずっと上に跳びあがった。刀をアマイモンの身体へと向け、落下するその重みを沿えて最後の切っ先を彼の腹へと突き刺した。


「かッ、はっ、」


刀と共に地面へ着地したアマイモンは、苦しげな声を上げる。彼は、真っ赤に染め上げられていた。それを見ても私の身体は無関心に刀を引き抜き、伝う紅を振り払ってから鞘へと収めた。


―――ようやく、終わった。


人を斬る様子は夢のままで、傍観する私も夢のままで、だから、ただやっと終わったことに安堵感しか感じなかった。でも、


「……どうして、」


混乱で瞳が潤んできた。あの夢は、私のものなのか?私が覚えていないだけで、私の記憶なのか?だから、現実に刀が存在して私はそれが扱えるのか?


いろんな思考がぐるぐると頭を回ってゆくなか、軽快な拍手の音が飛び込んできた。気が付けば、メフィストさんが足音高らかにこちらへ歩いてきていた。その表情は、嬉しそうに嗤っている。


「いやァ、すばらしい!手を抜いていたとはいえ、このアマイモンをここまで圧倒するとは!」


メフィストさんの言葉に私は視線を落とした。ぐったりと横たわったアマイモンはまったく動かなかった。全身に刀を受けたのだから、無理もないだろう。
このひとがこんな状況なのに、よくそんなことが言えるな。なんて頭のすみっこで思った。死んでは、いないけれども。


「それにしてもずいぶんと速いんですねェ…。あのスピードでは、なかなか反撃もしづらい」


どれだけ感嘆の声を上げられようとも、ちっとも嬉しくなかった。


だって、こんなの、知らない。
静かに落ちてきた涙も、拭うことが出来なかった。


「おや、どうしたんですか?」


ああ、実力テストのことですか?まるで何も気付いていないような様子で、ポンと手を打った。メフィストさんの鈍感さは、どこか作られているような気がした。


首を振る余力もない私に、追い打ちをかけるかのように再び手を打つ。


「おめでとうございます!実力テストは合格ですよ」


にんまりと口角を吊り上げるその表情は、本物の道化師のようで。―――まるで、悪魔のようで。


「これから祓魔師になるべく頑張りましょう!ねえ、有子さん」


悪魔のようなピエロは、私を闇の中へ吐き落とすかのように、残酷な言葉を吐きかけた。






濡れた刀に、私は泪する
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