曖昧なわたくしたち [ 5/13 ]


藍場 藤
正十字学園特進科一年生。成績は特進の中で真ん中。天才。
勝呂 竜士
正十字学園特進科一年生。成績は全体でも上位。秀才。



七時間もある授業は非常に辛い。体力的にも精神的にも疲れるのだ。この後に祓魔塾もあると思うと、いくら面白い授業とはいえ気落ちしてしまう。
しかし、今日は何故だかそれにプラスして不足感を感じていた。理由は分からないが。
時計を見、そろそろ塾へ向かおうかと腰を上げる。

教室を出たときだった。

「じゃじゃーん。ねこの半纏」
「……おん」

突如、半纏を着た女子生徒――藍場藤が現れた。目の前で誇らしげに半纏を見せびらかしている。

「もっとリアクションしてくれてもいいよ」
「その前に、お前今何時か分かっとるんか」

目をぱちくりと瞬きをし、自分の腕時計に目を落とした。

「ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽーん!はい六時きっかし!」
「学校終わったわ!」
「いてっ、暴力的だなあ」

呑気にそんなことを言っているが、藍場さんは今日学校に来ていない。今は来ているが。
明らかに健康そうで、病欠とは思えないしわざわざ学校が終わった頃に来る意味が分からなかった。

「なんで今頃来たんや」
「………、」

理由を聞こうと思って尋ねると、急に藍場さんは黙りこくった。珍しい。


「…分かんないの?」


「…は?」

ぽつりと、呟いた。
いつもの能天気そうな口調ではない。落胆したような沈んだ声で。

「なんで、わたしが学校終わる時間でも、ここに来たか、分からないの…?」

顔を上げ、少し潤んだ目で見上げられる。いつもと違うその様子に戸惑う。
こんな藍場さんは見たことがなかった。そして、その言葉の意味をなんとなくだが気付いてしまった。

藍場さんは、まさか、そういう気だったとは。ああしてからかってくるのもそういう―――。

「藍場さん…」
「っ、勝呂くん…」

しかし、俺には一切そんな気がない。何とも思っていない。
だから、その意を伝えなくては藍場さんに失礼だろう。

「わ、悪かったな…、怒鳴ったりして…。手前が、まさかそうとは知らんかったから…」
「言ってなかったから、知らないのは当然だよ…」

「い、や、でもな、俺は藍場さんのことそういう風には…」


「見えない?そうかなー、意外とみんなから不真面目って言われるんだけど」


「…はい?」

断ろうと切り出そうとしていたら、話が何故か違う方向に行った。
不真面目?そんな話は、今していない。

「いやね、やっぱり初期にすっごい休んじゃったから」

初期?休む?

何の話、だろうか。

「藍場さん?今、何の話してはります?」


「え?出席日数の話だけど?」


………しゅっせきにっすう?


「……え、」
「だーかーら、ぎりぎりでも来たら一応遅刻ってことになるじゃないの。遅刻は三回で欠席一回だから、まだ大丈夫なの!
 と、いうことで先生のところ行って来るねーん」

ばいばい、と言って手を振り、そのまま職員室の方へと向かおうとする藍場さん。
ちょっと待て、どういうことや。

「えっ、藍場、さん?」
「じゃあ、塾頑張ってね!

 あと、女の子の言動は曖昧だからそう簡単に信用すると騙されちゃうから気を付けてねー」


つまり、


「か、確信犯か手前!」
「HAHAHAHAHAHA!!」

藍場さんの高笑いが廊下中に響き渡る。

俺は、騙されたということか。あんな言動で。

「くっそ、あンの半纏女が!」

高鳴った胸にひどく嫌気がさし、早く塾へ向かおうと鍵を強引に突きさした。

「ほんま、苛々するわ!」

しかし、不足感がいつのまにか消失していたことは、おそらく関係ないにちがいない。


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