出会いのはなし [ 13/13 ]



のどかな昼下がり、ひとりで歩く志摩はく大きな欠伸を漏らした。そうして、先ほどのことを思い出して舌打ちをする。ついとらんわあ。頭の後ろを掻きながら、心の中で毒づいた。

ほんの三十分前、行きつけのコンビニエンスストアで健全な男子が読む不健全な雑誌を買おうとしたのだ。しかしながら、いつものアルバイトの店員ではなく店長がレジに立っていたために、買おうとしたところを止められてしまったわけである。

おかげで何の収穫もなく帰らなければならなくなった。これでは、わざわざ外に出て来た意味がない。
仕方がない、帰るか。そう思った矢先だった。

古ぼけた本屋が、目に入った。

透明なガラスから見えるレジには、高齢の男性が老眼鏡を持ち上げていた。なるほど、とりあえず入ってみるか。こういうところには基本的に志摩の求めている雑誌は置いていないのだが、もしかしたらという可能性にかけてみることにした。
ドアを開けると、カランカランとベルの音が響く。レジの老人はゆっくり顔を上げ、志摩を見ると再びゆっくり顔を下ろした。ほっと息を吐き、真っ先に奥の棚へと向かう。こういう雑誌は表には置いていないものだ。

ばちり。

いちばん奥の棚に着いたときだった。誰かと、目が合った。
そこにいたのは、幼さが残る顔立ちの、自分と同じ正十字学園の生徒であった。女子であった。その女子生徒はしばらく志摩を見た後、興味が無さそうに視線をずらした。手元に積み上げられた本を確認すると、そのままレジの方へと歩いて行った。

呆然と立ち尽くす志摩。彼の目には、ふたつしか映っていなかった。
まず、その女子生徒は制服の上から半纏を着ていた。間違えなく半纏だった。しかし、今の季節は春だ。確かに少し肌寒いが冬服の上から半纏ではさすがに着込みすぎだろう。まあ、それはよい。
次に、彼女の手元の本であった。積み上げられていた本のいちばん上には、なんと志摩が求めている雑誌が載っていたのだ。

慌てて女子生徒のいた正面の棚の本を確認してみると、なんとそこには件の雑誌がずらりと並んでいた。妙に品揃えがよい。いや、そこではない。

―――つまるところ、彼女はそういう雑誌を読むということか?そうだとすると、なんて面白い女子なのだろうか。

「うん、いつもありがとうな」
「おじいちゃんもいつもありがとうです。むすこさんによろしくお伝え下さい」
「ああ、言っておくよ」
「それじゃー」
「またいらっしゃい」

志摩が結論に至ったとき、あの女子生徒と思しき声とレジの老人と思しき声が聞こえてきた。
てきとうに雑誌を引っ掴み、それをレジへと持って行った。女子生徒はすでに店から出ようとしている。
勘定が終わって店から飛び出したときには、女子生徒の藍色の半纏は小さくなっていた。それを全速力で追いかけ、不躾であるがその腕を掴んで引き止める。

小さく悲鳴を上げて振り返った女子生徒は、志摩をひどく訝しげな表情で見ていた。

「な、なんですか」
「あ、ごめんなぁ、急に掴んで」
「それはいいですけど…、何かしましたか」
「んー、ほら、同じ正十字やん?いっしょに帰りましょ」

「……ひゃくとーばん」
「ちょ、なんで携帯出すん!やめたって!」
「得体の知れない人間が話しかけてきて怪しいこと言ってきたら110しろってえろいひとが言っていたんです!」
「それ言うならえらいひとやろ!つか、得体の知れんて!」
「わたしはあなたのことを知りません!」
「ええ、あーっと、志摩、志摩廉造や!正十字普通科の一年生や」

志摩が自己紹介をすると、女子生徒はぴたりと抵抗を止めた。やっと携帯を下ろしたが、眉間にしわは寄ったままだ。

「……同学年?」
「そうなん?」
「制服がコスプレじゃなければ」
「ほんまもんって。ほら、学生証や」
「この写真、ポーズが変ですよ?」
「イケメンやろ」

学生証の写真の、星が出そうなほどのポーズを決めてみせると、女子生徒は愛想笑いを返してきた。

よくみるとかわいい子だとか、追いかけて正解だったとか、彼女を見ながらいろいろなことを考える。ところで、

「きみの名前は?」
「藍場藤です。正十字特進科一年です」
「特進か、坊がおるとこやな」
「ぼん?」
「いや、こっちの話や。でな、藤ちゃん」
「なんでしょう」
「さっきエロ本買っとったやろ?」
「それがなにか」

からかうつもりで言ってみたが、予想に反して女子生徒――藍場藤は平然と答えを返してきた。その様子に、志摩はますます興味がそそられる。

「俺もな、いっつもコンビニで買いよったんやけど」
「はあ」
「今日ちょっといろいろあって、そこで買えんくなったんよ」
「ひい」
「そんときに偶然あった本屋入ったら藤ちゃんがおったんや!」
「ふう」
「それでエロ本を買いよった!」
「へえ」
「これって運命やと思わん?」
「ほう、それは、おもわーんです」

熱く語ったが、藍場は手を交差して「バツ」と示してきた。わざとらしく膝を折ってみせれば、けらけらと笑う。

「志摩くん、それってもしかしてレストランの隣にあるコンビニ?」
「おお、そうやで」
「あそこは店長が生真面目なひとだから無理なのよん」
「そうやったん?どうりであの店長怖かったわけやわ…」
「わたしが行っているあの本屋はおじいちゃんがひとりで経営しているので、これからはあそこで買うといいよ」

「おじいちゃんがひとりのわりには、品揃えがええな」
「本を買っているのはおじいちゃんのむすこさんで、エロ本収集癖があるからだよ。ちなみにおじいちゃんは目が悪いから、エロ本を大量購入しているのが分からないのです」
「詳しいな」
「仲良しなので」

エロ本仲間です。そう言って人差し指と中指を突き出した。面白い子や。

「でも、慌てて追いかけたから何を買ったか分からんわ…、てきとうに掴んで来てしまったし…」

そう言いながら自分が購入した雑誌を取り出すと、それは先ほどコンビニで買おうとしていた雑誌であった。なんと、ついている。

「あ、マキちゃんだ。志摩くんはマキちゃんが好きなの?」
「マキちゃんよりアキちゃん派やなあ」
「おお!きみとは良いお酒が飲めそうだよ!じゃあ、これは?」
「あー!これ俺が探しとったやつや」
「ふふん、ならば貸してしんぜよう」
「ほんま?じゃあ、アキちゃんとナナコちゃんふたりだけのやつ知っとる?」
「えっ!知らない!」
「それ貸すで。他にもな、」

藍場へとつらつらと自分の知っている雑誌のタイトルや登場する女性の名前を述べていくと、ほとんど知らなかったのかキラキラと目を輝かせ始めた。

「すごいです、師匠!」
「おっ、ほうか?」

感動したように拳を握り締め、尊敬の眼差しを向けてくる。そんな様子の藍場に、志摩は得意になった。

「さすがっす志摩さん!」
「せやろせやろ。もっと言ってくれてええで」
「女子にモテなさそうです志摩さん!すてきです!」
「ん?なんて?」
「え?志摩さんすてきですって」
「ほうか、ならええけど」

違う言葉が聞こえた気がしたが、言うつもりはないのかただ笑みだけを返してきた。かと思えば、先ほどしまった携帯を取り出した。

「あ、じゃあ、メアド交換しませんか?連絡取りたいので」
「せやね。おすすめの子おったら教えてな」
「はい!」

元気に返事をして、敬礼をしてみせる藍場。こんなかわいい子なのに、エロ本を収集しているとは。それに趣味も合う。

ついとらんって思っとったけど、今日はついとる日や。そんな風に考えながら、志摩は携帯画面に表示される《藍場藤》という名前を見ていた。


○×△□



「あんときは、絶対藤ちゃんを彼女にしたるって思っとったんやけどなあ」
「やだ、志摩さんってば」
「……」

仲睦まじい夫婦のように藤が志摩の肩を軽く叩くのを、隣に座る仏頂面の男――勝呂竜士は呆れた眼差しで見ていた。半強制的に連れてこられたが、完全に蚊帳の外である。

自分からふたりの馴れ初めを聞いたはいいが、非常に下らなくて言葉が出ないのだ。
しかし、逆に言えば下らなくて良かった。勝呂はひっそり安堵していた。

「坊に先越されてしもうたもんなあ、もうええけど」
「あ、そういえば、竜士くんはマキちゃん派?アキちゃん派?」
「知らんわ」
「この子とこの子だよ」
「見せんな阿呆!」
「はぐあっ」



そんな、奇妙な出会いのおはなし。


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