それからのはなし [ 11/13 ]

・・・・・・10話のあとのおはなし


「もうっ、下りる!下ろせ!」

じたばたと暴れて藍場は勝呂から下りようと試みた。しかし、勝呂がしっかりと腰を押さえているために一向に動きはしなかった。

子どものように暴れる藍場に、そっと苦笑を漏らす。

「手前が載っとくって言ったんやろが」
「ううう、下ろせ!変態にわとり仮面!タキシードでも着てろ!」
「なんやその意味分からん台詞!?」

ぎゃあぎゃあ。ふたりで騒いでいる様子を、静かに見ている者がふたり。

「……坊と藤ちゃん、いつのまにそこまで発展しはったん?」

「「はい?」」

感心したように息を吐く者と、

「大胆ですねえ、坊」

微笑ましげに笑みを浮かべる者。

そのふたりを認識した藍場と勝呂は、ハッと目を見張った。

「ここここここねこまる!?」「志摩さん!」

うん?と、勝呂は首を傾けて藍場を見る。

「は?藤、お前志摩と知り合いやったんか?」
「あれ、言ってなかったっけ」

「なんでもええけど、早よ下りたほうがええで」
「ひと、来てはりましたよ」

再び話を再開させようとしたふたりにそう注意を促すと、ふたりは慌てて立ち上がった。



(いっだ、ちょ、もうちょっと優しく下ろしてください!)(ひと来るやろが!)(どうせバレんじゃん!)
(こんな格好見られたら学校でも盛っとる思われるに決まっとるわ!)(学校でも盛ってるし!)(威張んな!)
(ええから早よしてください)(すみません子猫丸くん)


○×△□



「とりあえず、おめでとぉございます」
「おめでとうございます」

人気のないところに移動すると、早速志摩と三輪のふたりは頭を下げた。

「なんや、見合いみたいやな」
「恥ずかしいのでやめてくだせえ」

その様子に勝呂は礼を述べ、その隣では藍場が顔を火照らせている。

一息ついた四人は向き合うようにコンクリートに座った。もちろん、藍場と勝呂は隣だ。

「で、」

ギッと勝呂は真っ先に志摩を睨んだ。その形相に息を呑む志摩。

「志摩と藤はどないな関係なんか」
「ん?―――あ、そういえば、志摩さん、竜士くんも子猫丸くんもお友達だったんですね」
「ああ、幼馴染なんよ」
「へえ!」
「早よ答え」
「いでっ!殴るこたないですよ坊…」

「わたしと志摩さんは、エロ本仲間だよ」

ねー、と言ってふたりは肩を寄せ合った。
しばらく静止した勝呂。三輪はその台詞に溜息を吐く。

「高一の最初のころ、エロ本買っとる藤ちゃんを発見したんです。かわええ子やったから、話しかけたら意気投合して、な」
「やだ志摩さん。照れちゃいます」
「イチャコラすんな」
「あたっ!ひどいよう竜士くん」

くだらない関係だったことに呆れたと同時に安心している勝呂を見、志摩は怪しげに笑った。

「まあ、でも、藤ちゃんとはもうなかなか会えなくなってしもたね」
「えええー!志摩さんと会えなくなるのはいやです!」
「坊が怒るで?」
「坊!許して!」
「坊って呼ぶな半纏女!」
「でもほら、坊は嫉妬深いやんかぁ」
「そっないな…、こと…、」
「なんで自信なくしちゃうんだよ!頑張れよ!」
「まあ、嫉妬はしてはったからなぁ」
「子猫丸…」
「冗談ですよ」

けらけらと笑っていた志摩は、何か名案を思いついたように手を打った。
一同の視線を集め。自慢げに指を立てる。

「じゃあ、坊も来たらええやん。ふたりっきりが駄目そうやし」
「おおっ、名案です志摩さん!さすがです!」
「せやろ?」

「……………ちなみに訊くけど、なんで会うんや?」
「すばらしいエロ本を発見したら報告するっていう、定時報告会だよ!ほし!」
「勝手にやっとれ!」

素直に説明したのにい。キレた勝呂に藍場は口を尖らせた。
それもそうだ。と、苦く笑っているのは三輪の他にはいない。

「ええー、だってさぁ、ふたりきりが駄目なんじゃーん」
「誰がエロ本の話に参加するか!」
「坊も大人になったほうがええですよ。藤ちゃんっていう彼女も出来たんやし」
「そんな大人になるかボケェ!」

「あの、そろそろ予鈴鳴りますよ…」

痺れを切らした三輪は、時計を指差し遠慮がちにそう言った。ぴたりと議論は止み、一斉に時計を見やる。確かに、予鈴が鳴るまであと三分だった。
藍場は真っ先に動き出した。

「子猫丸くんごめんね!ありがとう!よし帰ろう竜士くん!」
「手前がゴチャゴチャ言いよったんやろが…」
「なに!?でんでんでんぐり返しでバイバイバイしたいの?別にいいけど、高一がやってたら引くよ…」
「手前の耳はプラスチックかこのどアホ!」
「残念でしたぁところてんでぇす」
「もっとやばいやないか!」
「それじゃ、またね子猫丸くん!志摩さんもお勉強がんばってください!」
「はい、また今度」
「藤ちゃんもほどほどになぁ」

勝呂の腕を掴んで駆け出す藍場に、ふたりは手を振って見送った。半纏を着た女子は笑顔で腕が千切れんばかりに手を振り、強面の男子は嫌そうに顔を顰めながらも軽く腕を上げた。
ほんと、対極的やなぁ。そう呟いた志摩に、三輪は首肯する。

「あっ、ちなみに勉強っていうのは、」
「説明要らんわ!」
「ちぇー」




「心配して見に来たけど、だいじょうぶそうやなぁ」

水色の半纏が小さくなってしまってから、志摩は安堵の溜息を落とした。それに合わせて、三輪も笑みを浮かべる。

「そうですね。坊も、一時はどうなるかと思いましたけど」
「今回いちばん被害を受けたのは、子猫さんやなぁ」

からかうような志摩の口調に、思わず遠い目をする。確かに勝呂が憤慨したことに関しては困惑したが、和解したことだ。三輪自身、引きずる人間ではない。

「はは…。でも、一段落つきましたし、もう気にしとりませんよ」
「なら、ええけどな。

 さあて、かわええ藤ちゃんの応援も貰ったことやし、今日は一日お勉強に努めなあかんわ」

そう言いながら鞄を開く志摩。そっとその中身を覗けば、思春期の男子がよくベッドの下に隠す不健全な雑誌が多量に入っていた。教科書やノートなどという学生らしいものは何一つとして見当たらない。

「志摩さん、ええ加減授業中にそういういかがわしい雑誌読むのやめてください。隣の席の方が苦情を言いに来てはりましたよ」
「えっ!?はつこちゃん、気付いとったん!?」
「引いてました」
「やっ、やめたって、傷付く…」
「分かったら、ちゃんと授業受けてください」
「…じゃ、子猫さん今日いっしょお昼食べましょ」
「おかずを奪うから断りますわ。それに、僕も今日はいっしょに食べるひと待ってはりますし」
「………また“ヨリ”さん?」
「そうです」

代わりにと提案した誘いでさえも、三輪はことごとく拒否した。事実、昨日のうちに約束をしているために断るほかないのだが。

しかし、そんなことも知らない志摩はひとり泣き喚き始めた。

「なんなん!みんな志摩さんをひとりにして!坊も藤ちゃんに付きっきりやし!もう知らんわ!こうなったらエロ本をふたりの教室の机にっ」
「志摩さん」

じとり。そんな擬態語がぴったりな視線で自分を見据える小柄な少年に、思わず身を引く志摩。

「……せ、せやけどさぁ、」
「志摩さん」

食い気味に言ってみたが、そんなことは無意味だった。三輪の態勢が変わる様子もない。

「分かった、分かったって子猫さん!そんな目せんといて!」

結局、折れたのは志摩であった。



そんな、のどかな午前中のおはなし。


――――――to be continued...?

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