いま、会いに行きます [ 9/13 ]


藍場 藤
正十字学園特進科一年生。ちょっと頭のおかしい半纏を着ている無神経女子。
勝呂 竜士
正十字学園特進科一年生。見た目はヤンキー中身は真面目な神経質男子。


放課後、生徒が全員退室してしまっても藍場だけは席に着き、机に向かっていた。シャープペンシルを握り、白い紙の上に文字を書き綴っている。時折ぼんやりと空を見て、数秒経てば再び書くのに没頭する。

そんなタイミングで、勝呂は教室に向かっていた。他に誰もいない。絶好の機会だった。

カラリとドアが開く音に気付いた藍場は、こちらを向いた。少し眠そうな顔である。

「あ、勝呂くん、どうしたの」
「藍場さん、今、暇か?」
「んん、んー、ひ、ま、」
「ほうか!」
「じゃない」
「あ゛?」
「うえい、なに、なにどったの勝呂くん」

少し焦らして返答すると、勝呂は低い声を出して顔を歪めた。いつもとまた違う表情に、藍場は困惑する。

「暇じゃ、ないんか?」
「勝呂くん、そんな残念そうな顔しているけど、なんかあるの?エロ本を貸してほしいの?」
「んなわけあるか!い、いや…、無理なら、ええんや」

そんな顔して、良いとか思っていないじゃん。いつもならばこのまま「じゃあね!」とか言って無神経に帰ろうとするのだが、どうやら今回は事情が違うようだ。
わたし、空気は読めるのよん。一度溜息を吐いて、藍場は顔を上げた。

「日誌、日誌出すだけだから、それまで待っていられるなら暇だよ」
「ほんまか」
「ほんまほんま」
「そんなん余裕やわ。待っとくから、早よ書き」
「う、うん?…うん」

暇だと告げた途端、勝呂の顔が明るくなったのを見て益々後に引けなくなった。本当はテキトウに誤魔化してドラマの再放送を見る心積もりだったが、誤算だった。
勝呂の様子がおかしい。でも、機嫌が良いならそれで良いか。そう思い、藍場は再び日誌を書き始めた。

○×△□


「失礼しましたぁ」

担任に日記を押し付け、やっと用事が終了した。再放送は既に始まっている。
勝呂とふたりきりだったので、集中出来なかったのだ。よく分からないが。
藍場はもやもやしたまま、勝呂のところへと駆けて行った。

「勝呂くん、終わりましたよう」
「ほうか、なら、ええな」
「うん。で、なに?」
「……藍場さん、」

ピリッとした、勝呂の緊張が藍場に伝わった。なんだ、選挙出馬でも発表するのか。そんな冗談が喉元まで出て来たが、明らかに言える状況じゃないので抑え込む。

勝呂は真摯な眼差しで藍場を見据え、小さく息を吸って口を開いた。

「俺、藍場さんのこと好きや」


……………。


「え…っ?」

ずるりと半纏の襟が落ちる。

「最初は半纏とか着て変な女やなあとか思っとったんやけど、隣の席なって、話してからはなんか、藍場さんがおらんとどっか物足りんかったりしとったんや。
 それに、子猫丸と仲良うなってからは子猫丸に嫉妬してしまって、一回怒鳴ったりもしてしまった。そういうことがあったんは、後悔しとる。でもそのおかげで、やっと俺は藍場さんに恋しとったんやって気付いた」

「えっ、え、ちょっと、待って、わ、わたしのことを、勝呂くんが、すすすす好きって…?」
「そう言うた」
「へっ、うえっ、」

いつもは小馬鹿にしたような笑みで強がった声で話すのに、今では小さな声で弱弱しく話している。そんな藍場が新鮮で、勝呂はくつくつと笑い出した。

「顔、真っ赤や」
「ううううううるさいよ勝呂くん!勝呂くんがっ、そんなこと、言うから…」

おまけに顔も真っ赤になり、今日着ている藍色の半纏と比較される。
照れた顔を隠そうと辺りをキョロキョロと見渡しているが、その場所がなくて益々顔を赤くしていた。耳まで赤い。

「うぇ、え、えっと、それは、返事する、んだよね」
「当たり前や」
「そこは『あったりまえだのクラッカー』とか言ってよ!空気が和まないでしょ!」
「俺は和んどるけどなあ」
「ちくしょうううう」

散々唸って、結局藍場は顔を上げた。そうして、大きく口を開けた割りには小さな声がこぼれた。


「す、きです」


今度は、勝呂が呆然としていた。

返答に対して何も言わないのを訝しげに思い、藍場は顔を上げる。すると、そこには目を右往左往させている勝呂がいた。

「…っ、えっ、ほんまか…?」
「なッ、なんで勝呂くんが照れてるんだよう!わたしが恥ずかしくなるじゃん!」
「い、いや、まさかそんな風になるとは、思っとらんかったから」
「うわあああああんん本気だよ!好きだよ!アイラブユーだよ!」
「や、やめェ恥ずかしい!」
「羞恥で殺してやるううう」
「お前も死にそうやないか!」
「顔で茶を湧かせる!ひいい」
「落ち着け!」

むんずと頬を掴まれ、無理矢理勝呂の顔を見せられた。顔はそこまで赤くないが、耳だけは染めたように赤い。

「信じて、ええんやな」
「………ふうん」
「…っはー、なんや、」

安心した。溜息混じりにそうこぼし、勝呂は藍場の頬を解放した。そのまま膝をかくりと折り、床に座りこむ。藍場もつられて腰を下ろした。

「安心って、」
「フラれたらどないしようかと」
「うぇっ」
「ほんま、ありがとぉな」
「やっやめろようそういうこと言うの!勝呂くんは照れそうな顔しているのに意外とクールとかそんなもうちょっと…」
「手前はいつもは余裕ぶっとるくせに、こういうのは弱いんやなあ」
「うっうるさああ」


床を何度も叩き、その度に半纏が揺らす藍場。この半纏も、自覚してからはとても愛おしく感じる。これも、最早惚気になってしもうたなあ。


けらけらと笑っている勝呂。当初はヤンキーだにわとりだと騒いでいたが、自覚してからはとても似合っているし…かっ、かっこ、いいとか、ね。惚気ちゃいそう。


「ま、これからよろしくな」
「……わたし、勝呂くんのこと竜士くんって呼ばなきゃだめかな」
「好きにせえ。俺は藤って呼ぶけどな」
「勝呂くんの変態!馬鹿!」
「意味分からんわ!」



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