箱を開けよう [ 8/13 ]


藍場 藤
正十字学園特進科一年生。恋への興味は一切ない。恋バナは得意。
勝呂 竜士
正十字学園特進科一年生。一般並みに恋へ興味はある。恋バナは苦手。



暗くなった夜道を歩いていた。塾もサボり、寮には子猫丸がいるから戻りづらく、行く当てもないので散策を続ける。どうせ付近しか歩けないのだ。門限ギリギリに帰れば問題ないだろう。
何処へ行こうかと考えていると、ポケットの中で携帯が震えた。出る気はないが、見てみると画面には《志摩廉造》の文字が映っている。どうしようかと暫し迷ったが、結局出ることにした。

「…志摩か」
《ああ、坊。やっと出はりましたね》
「まだ帰らんから」
《分かっとりますよ。そうやなくて、少し話しましょ》
「話?」
《そうです。今日のことについて》
「……分かった」
《今何処にいらします?》

現在地を告げると、その付近のコンビニで待ち合わせしようと言われた。了承したとだけ告げるとすぐに電話は切れた。これも、良い機会だ。
志摩になら打ち明けても良いだろう。それに、志摩なら何か分かるかもしれない。そういった期待を込めて、志摩を待った。

「終わったら、子猫丸に謝らないかんな」

自己嫌悪と罪悪感に満ちて重い心が、少しでも軽くなればいいのだが。

○×△□


「…そら、恋ですよ」
洗いざらい吐いてしまうと、志摩はひどく生真面目な顔でそんなことを言ってのけた。買ってもらった缶ジュースが動揺で潰れそうになる。

「は、はァ!?恋!?」
「そうです。それは完璧に恋。それ以外有り得ません」
「お、俺が、藍場さんに…?」

呆然とした。恋、いわゆる一般の高校生が熱を上げるそれに、俺が、……?

「子猫さんとその、藍場さんが話しよったら苛々するんやろ?
 藍場さんが坊に子猫さんの話しても腹立つなんて、そら子猫さんに坊が嫉妬しとるんです。ジェラシーですわ」
「そ、そうなんか…」
「それでも、子猫さんにキレてしもたのは自分の所為ですよ。子猫さん、悲しんではったよ」
「うっ…、わ、分かっとる。きちんと謝るつもりや」
「そうしてください」

ニッと志摩は明るく笑った。現状についていけないために溜息を落とす。

恋をしているというのはにわかに信じがたい話だが、子猫丸にあんなことをしたのが自分の所為だという自覚はある。謝るつもりも無論ある。
解決したのだ。あとは子猫丸に謝って、それで終いだ。

さて、帰って謝ろうかと思ったとき、

「で、どないするんです」

志摩が未だに話を続けようという意を示した。まだ何か話があるのかと、首を傾ける。

「何をや」
「藍場さんの方ですよ。気付いた以上は今までのように話せるはずないやありませんか」
「……、それもそうやな…」

まともに会話など、出来るはずがない。恋をしていると自覚してしまった以上、常にそのことが脳裏をよぎるにちがいないからだ。
まだ、席替えまでは長い。会話する機会など腐るほどある。
志摩は飲み終えた缶をゴミ箱へと投げた。それは、高らかに音を立てて底へ落ちた。

「自分の想い、ちゃんと伝えなあかんのとちゃいますか」

自分の目を見据えて言った志摩の言葉は、すんなりと自分の中に溶け込んだ。

伝えないで関係が悪くなるのは嫌だ。きちんと、伝えなければ。志摩の言うとおりだ。

「せやな」

強く首肯すると、志摩も満足げに頷き返した。

「やっぱこういうことは志摩に聞くのが正解やったわ」
「坊よりは女の子にモテますから」
「手前一応坊主やろが」
「細かいこと言わんといてください。
 ほら、じゃあ決まったんやから早よ帰って子猫さんに謝りに行きますよ!」
「お、おう。

 ―――ありがとな、志摩」

改まって志摩に礼を述べれば、意地悪そうに口角を吊り上げた。

「明日藍場さんに言うてくださいよ。上手くいったらデートの計画立てときますから」
「はは、考えとくわ」
「仰天して腰抜かすようなプラン練ってやりますえ」
「楽しみにしとく」

さあ、子猫丸と和解して、明日の放課後には伝えなあかんな。


自信なんて微塵もないというのに、何故だか胸は高鳴って仕方がなかった。
重い心も、今で飛んでしまいそうなほど、軽くなっていた。

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