この学校の規則は基本的にはゆるい。非常に生活しやすい程度の規則しかない。だから大きく破られることはめったになかった。


その規則のひとつとして、屋上は立ち入り禁止だということがある。どんなに用事があろうとも、鍵は絶対に職員室から離れることはない。


しかしまあ、わたしはひょんなことからいとも簡単に屋上の鍵を入手してしまった。教員らは鍵が何処かへ行くはずはないと信じ切っているために、鍵がなくなったという騒ぎはひとつも起こらなかった。


かくして、我々生徒が自由に使用できるたったひとつの屋上の鍵は、わたしのものとなった。


この鍵を存分に活用すべく、それ以来昼休みや放課後、授業を自主欠席する場合はいつも屋上にいることにした。実に快適だ。
ひとつ不愉快なことがあるとすれば、それは屋上の鍵をゆずるように交渉してくる生徒の相手をすることだ。今までは問題なく回避してきているが(何度か先生に言うぞと言ってくる輩がいたが、丁重に対処したら言うことを訊いてくれた)。


さて、いつものように屋上と続く階段に向かえば、その日はなぜか御堂筋くんがいた。階段に細長い身体を折りたたんでいた。ギョッとしていると、御堂筋くんは立ち上がってわたしを見下ろした。




「御堂筋、くんだっけ」
「せや」
「なんでここにいるのかしら」
「屋上の鍵持っとんのって、お前やろ」




ああ、なるほど。すべてを理解したわたしは頭の中の引き出しの三段目を開けた。そこには屋上で考えた文章が入っている。




「はあ、まあ」
「スペア作りたいんや、今日だけ貸し「お断りします」…返答が早いわ」
「屋上はわたしだけの空間なのであなたに侵されたくありません」




わたしは教科書を読むかのごとくつらつらと言葉を並べた。




「お前のおらん時間に行けばええんやろ」
「屋上はわたしのつくった秩序のもと成り立っている休息の地です。あなたという存在がそこに踏み込むことにより秩序が乱れます。どうぞお引き取りください」
「用意されとったような台詞やなあ。それ、ここに来たひとみんなにやっとるん?」
「まあ。最近はめっきりなかったのに」
「せやからひとりぼっちなんやよ」
「余計なお世話よ。あと、わたしには友だちがきちんといる。クラスが違うから知らないだろうけど」
「なんや、そんな態度やから友だちおらんのかと思ったわあ」
「もういい?さっさと帰ってくれない?」
「い、や、や」
「きもっ」




あまりのしつこさに思わず本音が口から飛び出した。御堂筋くんは怒るかと思ったが、何故か噴き出していた。意味が分からない。




「けっこうはっきり言う子なんやね、青子ちゃん」




今度は眉間にしわが寄ってしまった。




「いきなり下の名前でしかもちゃん付けとか気色悪い」
「ボク、青子ちゃんの苗字知らん」
「なんで下は知ってて上は知らないのよ…。わたしは、「そんなことはええから、早よ鍵渡し」…嫌だってば」




どうやら自分のペースに持っていくつもりだったようだ。イライラが蓄積していくのが分かったのでわたしは御堂筋くんを無視することにした。




「もう、知らないから」




そう言って屋上へと逃げようとした。刹那、目の前に細い腕が伸びてきた。バン、と階段脇の壁が叩かれた。御堂筋くんがわたしの顔を覗き込んでいる。




「貸してくれるまでここから動かんって言うたら?」
「御堂筋くんの顔を殴り、弁慶の泣き所を蹴ってそれから男の泣き所を踏み潰すわ」
「おっそろしいこと言うわ」
「わたしは本気よ」
「じゃあボクも、ユキちゃんに青子ちゃんとボクが付き合っているんのってうそっぱち教えたるよ」




口がぽかんと開いた。




「は、なんで、ユキちゃんを知っているの…」




ユキちゃんとは、わたしの友だちのひとりの女の子だ。年下でまだ中学生だが、とても仲の良い妹のような存在だ。
でも、なんで御堂筋くんがそのユキちゃんを知っているのか。




「ボクとユキちゃん、いとこ同士やよ」
「えっ、うそ、」
「せやから青子ちゃんの名前知っとったんや」




そういうことだったのか。


じゃあ御堂筋くんはいとこのおにいさんってことか。でも、やっぱり鍵はゆずれない。けれどそんなうそを言われても困る。ユキちゃんは純粋だからきっと目をきらきらさせながら応援するね!と笑みを浮かべるだろう。そんなことをされたらうそだよなんて言えない。


ここは、もう、やむをえなし。だ。




「………か、鍵は、ゆずれない」
「ふうん、」
「でも、わたしがいるときなら来てもいいことにする」
「……、ファ?」
「だから、施錠の管理はわたしがするの。わたしが屋上にいるときなら御堂筋くんは来てもいいけど、わたしが行かないときに行きたいと言っても鍵は渡さないわ」




鍵を渡すより、共有を選んだ。これなら荒らされもしないだろう。



じっと御堂筋くんを見ると、諦めたように深く溜息をした。


「まあ、妥協策やね」
「だからユキちゃんに余計な情報流さないでよ」
「んー、じゃあボクも妥協してユキちゃんにはボクが青子ちゃんのこと好きってだけを流すことにしたるよ」
「なにそれ…、って、は?え、なに、ちょっと御堂筋くんそれはどういう意味…」
「早よ屋上開けェや」
「開けるけど、うん、」


鍵を回しながら、さっきの御堂筋くんの言葉を脳内で復唱してみた。


これはもしかして、恋愛に興味津々なユキちゃんに協力という名の価値観の押し付けをさせようとしているということ?ユキちゃんのことだから確実にウチがあきら兄ちゃんと青子姉ちゃんくっつけたるわ!とか意気込むだろう。


それは、非常に困る。


「御堂筋くん、妥協していないわそれは」
「屋上気持ちええわ」
「当たり前よ。って、そうじゃなくて、」
「ええやんか。ボクも青子ちゃんもこれで丸く治まった」
「治まってないわ…」


何処か満足げににんまり笑う御堂筋くんに、わたしは堪忍袋の紐が千切れそうになった。







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「ま、まさか、御堂筋くんわたしのこと好きなの…?」
「キモッ!その発想がキモいわぁ。青子ちゃんってそんな妄想するひとやったんや…」
「軽蔑の眼差しをやめなさい。わたしだって本気で訊いてないわよ(ちょっと期待しただけで)」









最後の「期待」というのは、別に御堂筋のことが好きとかではないです。
(2012/10/21)