※死ネタ













ありになりたい。


にんげんにむざむざと殺されるありになりたい。
まだ純粋な聖水のようなこころと透き通った硝子玉のようなまなこを持ったこどもにひとでなしのごとく殺されるありになりたい。


でもにんげんが落としたあめやパンのくずに群がるようなありにはなりたくない。
死んでしまった虫をこまかくちぎって巣へ持ち帰るようなありにはなりたくない。


「どうしてそのようなありになりたいのかい」
「簡単に死ぬことが出来るでしょう」
「どうして簡単に死にたいのかい」
「わたしたちは死ぬのが難しいから」
「それなら、僕が毎日殺してあげるよ」
「違うわ。きちんと死にたいの」
「へえ、それは難しいね」
「そうでしょう。ああ、ありになりたい」
「いくらヒーローでも、それはちょっと難しいなあ」


ヒーローさんは深く息を吐いた。


「わたしがありになったら、ヒーローさんはにんげんでいてね」
「どうしてだい」
「わたしを殺してくれるにんげんになって」
「僕に殺されたいのかい、きみは」
「そうよ。殺されるならヒーローさんがいいわ」
「でも、僕はヒーローだからなあ」
「あら、さっきは毎日殺してくれるって言ったじゃない」
「だって、毎日殺しても毎日生き返ってくれるだろう」
「きちんと殺してくれないのかしら」
「僕はきみが好きだからね、きちんと死んだらもう会えなくなってしまう。それは、嫌だよ」


まじめな顔をするヒーローさん。
わたしはそのとなりでくすくすわらった。


「ヒーローさんが、こころを持っちゃだめよ」
「じゃあ、ひとりの男としてはどうかな」
「そうね、そう、それならいいのかもしれないわ」
「ひとりの男として、きみをきちんと殺したくないよ」
「うれしいわ、ヒーローさん。でもね、」


立ち上がって旅行鞄を蹴飛ばした。カラカラと音を立てて落っこちた。


ヒーローさんのほうを向くと、ひどく哀しそうだった。


「わたしはこの街を出て、ありになりたいの」


街のいちばん北にある崖から、わたしは飛び降りた。






彼女のゆめはかなわなかった
(きみは知らないだろうね)(昨日もそう言って、ここから飛び降りたんだよ)








(2012/09/06)