我の戯れに付き合え、雑種。などと、不名誉な呼名を相変わらず続ける王様……ことギルガメッシュに連れ出され、現在実に庶民的な公園に遊びに来ている。公園の中は平和で、主婦の井戸端会議に付き合わされたのか幼児の無邪気な外出に連れ添ったのか、母親とその子供が楽しげに各々の興味に夢中だ。他にも犬を連れて紫煙をくゆらす中年の男やクレーブの屋台に群がる課外授業帰りの女子高生など、平凡な日曜日の光景が眼前に広がっている。



そんな平凡とは異質にベンチに踏ん反り返るはこの英雄王である。



この純日本国には似つかわしくないきめ細やかな金髪に、赤く燃えてもなお涼しげな目元、首回りを彩るは黄金の装飾。ひとつも平凡であるものか。
ゆえに彼は凡人共の好奇に満ちた視線を一身に受けており、それをさも当然であるかのごとく微笑さえ浮かべていた。

しかしその非凡な者の脇で棒立ちをしているわたしはどう足掻いても平凡で、ゆえにその子供じみた眼差しはわたしに絶大な心的ダメージを与えている。第一段階に何故金髪美青年が公園のベンチにいるのだろうかという疑問を抱き、第二段階にその傍らにいるこけし顏の純日本人はなんと不釣り合いだろうかという嘲弄が思い付く。オーケー、その発想は健康的だ。



ほんとうに、何故わたしはここにいるんだろうなあ。



「青子、いつまでそこに突っ立っているつもりだ?」
「はあ、王の御気の済むまで立っております」
「座れば良いだろう」
「わたしに地べたに座るつもりはありませんし、お隣のベンチは不純交際を敢行中であるアベックが使用中です。座ろうにも座れませんので立っております」
「貴様は随分と我の手を煩わせたいようだな。我の隣に来いと言っているのが分からないのか、この愚図め」
「そのような精神力は持ち合わせておりません」



断固拒否の姿勢を緩めるつもりはなく、わたしはつんと顔を反らしてクレープ屋の方を見つめた。集っていた女子高生が散り、屋台の前は漸くの静けさに落ち着いているようだ。ふわり漂ってくるクレープの香りが食欲をぐっとそそる。朝食兼昼食も食べそびれてしまったことだ、財布の小銭の重みを軽くすると名目を付けておいて買いに行くとしようか。


「そうだな、偶の庶民の食事も悪くない」
「何のお話ですか」
「我はあの赤いものが良い」
「何のお話か、とお尋ねしております」
「あのクレープとやらを買いに行くのだろう?よもや我を差し置く所存だったとは言わせぬぞ」
「……金銭の類はお持ちですか」
「何故我が金を出さねばならん」


この愚王はさっさとクーデタされてしまえばいいのに。と、心にもないことを思いつつ、財布の中身を確認する。ここでギルガメッシュと愚直に長々と押し問答することも策ではあるが、どうせ言いくるめられるか実力行使に出られるかの同等の結果しか生まないため諦めは肝心だ。彼と生活するうえでの最たる心得のひとつ。


「まるで己が正当な守銭奴であるような面を晒しておるが、その財布の大半が綺礼から寄越された小遣いであることを我は知っているぞ」
「さて、赤いものでしたね、少々お待ちを」


アルバイトで稼いだ雀の涙もある。けしてお間違えなきよう。クレープ屋のお姉さんに金髪美青年の子細を訊ねられたが赤の他人だと下手くそに素知らぬふりを通し、クレープをふたつ獲得した。隣のアベックよろしく薄気味悪い笑顔を顔面に貼り付けて「お待たせ」と甘い声を張り上げる。キモッ、と覚えたての流行語を小声で駆使された。わずかに死への期待を抱いた。


「ほんとうにお付き合いしていましたら、女子を立たせたまま挙句にクレープを買いに行くよう強要することなんかありません。ただの真似事です」
「我の寛大な誘いを貴様が断ったのではないか」
「まことにそのとおりでございます。失礼を申し上げました」
「詫びる気概があるのならばそれを寄越せ」
「我が王よ、ご自分のクレープがその御手に握られておりましょう」
「これにはもう飽いた。貴様のそれを我は所望している」
「では、王のクレープをいただけますか」
「何故だ」


一時の沈黙が流れる。この王様はどこまでも王様だった。生来の王様で今生は王様で将来も王様だった。その四肢に流れる血潮はきっと黄金色だろう。売ったら高そうだ。わたしは諦めてギルガメッシュに自分のクレープを差し出した。もちろん一口として口をつけていない。かの王様はすでに半分を召し上がっている。楽しみにしていたわたしのチョコバナナクレープアイスのせは、いとも簡単にギルガメッシュによって奪われた。早速アイスから食べられた。そうでしょうとも。ショートケーキのいちごもモンブランの栗もいちばんに食べる気性だとは思っていましたとも。だからって人のものまでそんな卑しくなくてもいいじゃないか。このジャイアン丸め。


ギルガメッシュは、ふむ、もう良い、と吐き捨ててわたしにクレープを返却した。彼が食べたのはなんとアイスだけである。肝心要のクレープには手も触れていない。この男、ただアイスが食べたかっただけなのである。理不尽にして不条理。アイスなんてオーダーになかった。


わずかに残るバニラの香りを惜しみながら一口かじる。チョコとバナナの甘みがしつこいくらいに広がった。この甘ったるさこそクレープの醍醐味。追い討ちをかけるような生クリームだって愛すべきトッピングだ。うーん、美味し「大したことはないな、安っぽい味よ」…………ああ、どことなくしょっぱい。あんなに甘かったクレープが、塩気を帯びている。


「青子、我は辛味を欲している。行くぞ」


神よ、このような男が英霊になど選ばれて良いはずありません。世界の理が狂ってしまう前に早々に人類史を訂正してくださいませ。


食べかけのクレープを急いで食べ尽くして、先を行く英霊・英雄王ギルガメッシュの背中を追いかけた。



アラカルトそのいち







ギルガメッシュの夢に対する需要って、「傍若無人っぷりに翻弄されて苦労するも、しかし愛され愛している関係」がいちばん高いと思います。
ゆえに白田はこんな感じのシリーズが書きたい。

(2015/10/03)