もっと残酷な男だと思ったと言うと、「残酷な男ですよ」と返ってきた。どこにそんな様がある。彼はひどく優しくて真っ当な男だ。わたしは一度たりとも彼に傷つけられたことはない。いつだってあたたかくわたしを受け入れてくれた。それは私が残酷だからです、なんて屁理屈を考えたって、結局優しいのだからナンセンスだ。ジリリ、と警告のベルが聴こえた。



わたしの魂を奪ってくれるひと、わたしを亡くしてくれるひと、わたしの願いを叶えてくれるひと、それがメフィストという男だった。魂を対価に人間の願いを叶えてくれる存在、どんな解釈であれ叶えれば魂を奪う存在、その魂を手に入れるためならば手段を選ばない残酷な存在、それが悪魔だった。それが、悪魔だと思っていた。しかし、彼は違う。彼は優しい。どこまでも公平で、優柔で、悪魔ではなかった。わたしにとっては天使とも呼べるような存在だった。



「ちゃんと魂を奪ってくれるのよね」



もちろん、と肯定する。「私はそのために貴女の願いを叶えているのですから」「それならいいけど」「けど?」メフィストは続きを促すようにわずかに語調を強めた。目の前が真っ暗になる。不安なのよ、とても。あなたは優しい。わたしにとって、ひどく優しい。だから、優しさゆえに魂を奪わないかもしれない。そんな不安があるの。足元がきしりと悲鳴を上げた。貴女にとってそれほどまでに優しいのなら、きちんと魂を奪うでしょう。貴女の不安は無用なものです。あんまり礼儀正しく述べるので、それこそ胡散臭いわ、と笑ってしまった。



人の気配がふっと増えた。もう充分、無駄な論争をした。下らない、救えない、要らない議論。それに付き合ってくれたあなたは、ほんとうに優しい。ありがとう、と呟いた。彼はどういたしまして、と、囁いた。ゆっくり首元に縄をかけ、それから瞳は閉じられた。さいごに何か言い残すことは?なんてお決まりの文句を訊かれる。わたしは笑った。



「もう充分だわ」



ひゅ、と喉を通り抜けた空気が、わたしのさいごのお喋り。







Chatty






「ねえ、あのおしゃべりな死刑囚の話は知ってる?独房に入っても絞首刑の最中でもずっと暗がりに向かって話しかけ続けたんですって」
「ふうん、じゃあきっと、死ぬまでお喋りが出来て幸せだったのでしょうね」







(2015/09/18)