※グロテスクな表現有り











毎日、毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、彼は同じことを繰り返す。そこに微々たる(彼らから見れば大きな)差はあれども、他である私にはどうにも同じことにしか見えない。ふしぎな力に引き寄せられるように集められた子どもたちは、その呆けた面を正気に戻したと同時に臓物を撒き散らすこととなる。最後の表情は恐怖と苦痛に歪んだ醜いものだ。それを見て、彼らは恍惚とした笑みを浮かべる。実に可笑しな愉しみだ。




「(しかしまあ……それを知りながら何もしないで傍観し続けているんだから、他人のこと言えないかな)」




足元に飛び散ってきた腸の一部を爪先でつつきながら、メスを振るう幼馴染とその連れを見つめる。よくも同じことを飽きもせず反復できるものだ。ふつう、退屈になって何らかの変化を見せるところだろう。最近起こった異質なんて、あの連れが現れたことくらいだ。召喚したんだセーハイセンソーだ、と喚いていたがひとつも覚えていない。あいつの考えることはいつだって意味不明だ。




「青子、青子、これどう思う?傑作だろ!」
「あーいいんじゃないですか、『暗い絵』っぽくて」
「くらいえ?」
「ええっと、絵のほうの名前は……たしか『憤怒』だったかな。いいよ、知らないなら」
「青子は相変わらず賢いよなぁ。おれの知らないことをたくさん知ってんだから」
「龍之介さんだって私の知らないことを山ほど知ってるよ」
「えー……たとえば?」
「子どもの殺しかたとか」
「あははッ、青子は知らなくていいよ」
「知りたくもないね」




子どもの亡骸をぎゅうと抱きしめ、龍之介は再び真っ赤なフィールドへと戻っていった。私の皮肉も彼はものともしない。その態度はとうの昔に慣れてしまった。だから、彼にとって不都合なことを平気で言う。側見れば常識的で道徳的な事柄だ。しかし、彼の耳には届かない。彼の心を揺すぶらない。彼の心を掴んで離さないものは、この男と共に行う『涜神』ばかりだ。




「どうかされましたか」
「いえ、今宵も貴女は見るだけなのかと思いまして」
「あれに参加するなんて、まさか」
「しかし毎日見ているだけでは退屈にございましょう?」
「それはこっちの台詞ですよ。あなたがたこそ、毎日同じことをして退屈じゃあないんですか」
「我々の行為が毎晩同じことの繰り返しだと仰るのですか?」




男、龍之介の連れ、またの名を『青髭』はしんねりと目を細めた。そこから読み取れる感情は、不愉快……それだ。『青髭』を怒らせることは賢い行動とは言えないが、それでも好奇心と愉悦に突き動かされて私は軽口を叩く。




「違うんですか?……私のような素人から見れば、龍之介さんやあなたの虐殺はすべてただの殺人にしか見えない。その後にどれほど手を尽くそうとも、結局殺人でしかない、殺人以外に成り得ない」




あれを「芸術だ」「アートだ」と主張する彼らは、このような一般論が琴線に触れる。そうにちがいないと確信したうえで、『青髭』のこの嫌悪と失望の表情を見るために軽率に出た。そして、当たった、としたり顏で彼を見据える。


彼の細長い左腕が私の首へ伸びてくることは、少々想定外だった。




「それ以上の冒涜は、私が許しません」




嬉々として神を冒涜している者が何を言うか、と思ったがどうやら声が出ないらしい。こぼれたのはむせ返るような咳だけだった。爪が食い込み更なる圧迫を加える彼の焦点の合わない両眼をそれぞれに眺めた。




「貴女はリュウノスケに対してもそのような不理解を抱いているのですか」
「青子はおれのことも旦那のことも理解してるよ」




リュウノスケ、と『青髭』は驚きに身を引く。おかげで呼吸回路が解放され、久しぶりの酸素を喜んだ。ああ、くるしかった。龍之介が気付かなかったら死んでいたかもしれない。これからはもう少し賢く相手を皮肉るとしよう。適度に、適切に、……などと思っているうちはまだまだ若いようだな。




「ありがとう、龍之介さん」
「あんまり旦那を怒らせないでくれよ、どっちを庇ったらいいか迷っちゃうからさ」




私にだけ囁くように苦言を呈する龍之介は、愛おしげに首の傷を撫でている。全く絶妙なタイミングで救けに来たものだ。どうせしばらく観察して愉しんでいたのだろう。瞳の奥の悦に、子どもの腹を混ぜくるときと同じものを覚える。




「青子はね、わざとああやって他人を貶めるようなことを言うんだ。とんでもない皮肉屋だろ?でも本心じゃねえからさ、てきとうに流してやってくれよ、旦那」




まさか龍之介から言い訳まがいの台詞が出てくる日が来るなど、だれが予想しようか。それも私についての弁護だ。意外だったのは私だけではなく、『青髭』も同様に唖然としていた。そして不服げだった。




「……随分と彼女を信頼していらっしゃるのですね、リュウノスケは」
「旦那、もしかして嫉妬してくれてる?いやぁ、おれは幸せ者だなぁ!……別に信頼とかじゃねえんだけど……だって、ほんとうにそう思ってたらこんなとこに何時間も付き合ってくんないよなぁ、フツー」
「龍之介さんが普通を語るとは、こりゃ滑稽」
「青子もすこしは弁解しろよなぁ、旦那と仲悪くなっちゃうだろ」
「私は彼のこと好きだよ、あれ……『クール』だし」




ふ、と漏らした『青髭』に対する感想に、当の本人が吃驚していた。それもそうだと納得する。先ほどまで殺しにかかってしまうほどの嘲笑を浴びせられた相手から、好評価を得ていると告げられたのだ。その顔も当然だ。私は含み笑いを堪えることなく彼に口先だけの謝罪をした。




「愛情の裏返しみたいなものでついつい虐めたくなるんです……すみません、幼少期の男子の行動と似たようなものですよ、だから共感は要らないんで理解だけください」
「…………このような可笑しな女性には初めてお逢いしましたよ」
「私もあなたのような可笑しな男には初めて逢いました」




今度の皮肉交じりの冗談はお気に召したようだ。


『青髭』は微かに笑んだ。




「それでは、リュウノスケに免じて今宵の出来事は帳消しと致しましょう。それでよろしいですか」
「その言葉を待っていました。是非是非に」




私も目を細めて彼の首筋へと口を寄せる。







「あなたが龍之介さんを飽きさせない限り、私はあなたのことがずっと好きですよ」





私は龍之介のことも『青髭』のことも、ちっとも理解していない。理解する気もない。彼らの行為は常識と倫理から逸脱し過ぎている。そんなものを至極平民である私が如何様に同情すればいいんだ。神は死んだ、涜神など出来るものか。そもそも人間にそのような力量は備わっていない。ただいたずらに業を穢すばかりだ。総じて、龍之介と『青髭』の殺戮はただの無益な犯罪だと考えている。







だけど、私はそれを止めないし咎めない。肯定と皮肉を重ね続ける。何故ならば、






「貴女も実に歪曲しているようで」
「他人のことが言えるとでも?」
「ククッ、少し貴女に興味が湧きました」
「そりゃ結構」









何故ならば、私は他の誰でもない龍之介を愛しているのだから。









を問え






(2014/11/17)