彼女はきっと純粋な愛を求めていたのだろうけれど、俺にそれを叶えるちからはない。愛なんてものは、性欲から派生しただけにすぎないのだから。ゆえに、彼女は彼女にとっての「純粋な愛」を求めていたのだろうけれど、俺にとってそれは純粋な愛ではない。俺にとってそれは、ただの二次的作品だ。俺にとっての純粋な愛は、それは、

















 




「どうしてこんなことをするの?」


瞳がそう叫ぶ。


「私は、こんなことをしたいんじゃなかったのに」


掌がそう訴える。


「こんなことをするひとだって思わなかった」


背中がそう告げる。




コートをつかんで逃げるように去って行った女を見送って、ようやく煙草の火を点けた。一呼吸吐くころには、さっきの女の顔も忘れてしまった。部屋の隅に投げ捨てられたストッキングがあった。履き忘れてやがる。ろくに奇麗でもない脚をさらけだして夜道を駆ける姿を想像してみると笑える。それでも不愉快なものにほかならないので、ゴミ箱へと投げた。




「さすがに会ったばかりのその晩にヤるのは、早すぎると思うよ」




漫画じゃあるまいし、と付け足す青子を俺は鼻で笑った。突然入って来たにも関わらず、俺は迷わずベッドのそばを勧める。彼女はゆっくりと腰を下ろした。青子は拒絶しない。煙草の煙も、他人とヤった痕も、俺の指先も。


「見たか、あいつの格好」
「すごい速さで走って行くからちょっとしか見えなかった」
「胸元見せすぎだし、コートもおかざりだ。あんなの誘っている以外にねェだろ」


だからそれに応えてやったのに、あの女は嫌がった。最初はそういう“フリ”だと思って笑っていたが、首筋に口を寄せたときに絶叫された。涙で化粧が落ちていくのにも構わずに、「待って!」なんて叫びやがった。


「ひどい顔。なんて言われたか当ててあげようか」


青子は薄く笑みを浮かべる。


「『待って!アタシたち、会ったばかりじゃない?まだこういうことするのは早いと思うの』」


一言一句間違っていなかった。女から愛を求めたくせに、俺を拒絶する。理不尽な話だ。そんな話を、以前も青子とした。青子はまぶたを下して「価値観や考え方のちがいのせいだと思う」なんて正論らしいことを言っていた。それでも、俺を拒みはしなかった。彼女はいつだって、俺にとって正しい。


「あんな顔だからヤリマンだと思ったのによ。ただの大学デビューだったぜ、ハズレだ」
「いや、初日からそうなるひとは少数派だからね」
「青子はその少数派じゃねーの?」
「わたしは初日はいやだな」
「じゃあ初日じゃねーんなら、」


煙草を灰皿に突っ込み、副流煙を目一杯吸い込んだ。青子を押し倒し、腹に乗り上げる。甘い香が俺を誘っている。さっきの女と同様の手順で彼女の首筋に噛みついた。




「待って」




静かな声が、部屋に響いた。初めて、彼女から拒絶された。なぜ、いままでこんなことは散々やってきただろ。なんでいまになって俺を拒むんだ。俺を突き放すんだ。気がついたらくちびるを噛みしめていた。皮が切れ、赤黒い血がこぼれる。青子の顔が、見られない。


「泣かないでよ、祥吾。ばかだな。いやとは言っていないじゃん」


青子は俺の血を舐め、そのまま口付けた。くちびるをやさしく合わせ、名残惜しそうに離れていく。こどもをあやすように頭を撫でられた。


「指輪だけ、外させて」


なんだ、そういうことか。


「ややこしいこと、すんじゃねえ」
「ごめんってば」


それに、泣いてねえよ。薬指から遠ざかる銀色の光を、俺は愛おしげに目で追う。刻まれたケイのアルファベットが、やけに際立って見えた。








遺伝子の海に沈める






ぶくぶく。


(2014/06/28)