鳴りやまぬ拍手。引かれるクラッカーの紐。舞い散る紙吹雪。嗚呼、祝福する声が俺を包んでゆく―――。








「おめでとうございまーす藤本先輩!」
「おう、ありがとな青子」
「きゃー!ひとつお年を召された藤本先輩は昨日の三十倍かっこいいです!」


とは、言ったものの、実際騒いでいるのはこの目の前の部下ただひとり。部下の背後にいるメフィストが、呆れ顔でクラッカーの後始末をしていた。


「で、なんでおまえだけなんだ?」
「はい!藤本先輩のパーティーメンバーはすべて任務に出払っており、さらには、」
「あなたにも任務が来ていますよ」
「はァ?」


意気揚揚と述べる青子は一枚の紙を俺に渡してくる。さっそくその中に目を通せば、メフィストの言ったとおり任務の要項が簡潔にまとめられていた。おいおい、まじかよ。


「メフィスト、今日は何の日だ?」
「崇拝すべき聖騎士さまのご生誕の日でございます」


深々と頭を下げられた。それに合わせて青子も腰を折る。


「で、」


次のことばを促すように顎を向けたが、期待のことばなど返す気もないように張り付けられた笑みが返ってきた。


「しかし職務怠慢の理由が誕生日だからなどという戯言を、聞き入れる気はありません。曲がりなりにもアナタは聖騎士なんですから、任務はしっかり遂行してきてくださいネ」
「藤本先輩がご帰還なされたときには誕生日パーティーの準備もしておきますから」


だろうな、とは思っていたが。青子までニコニコしやがって。


「……、あーもうわァったよ行けばいいんだろチクショー!」


半泣きの状態で要項の紙を握りしめ踵を返せば、後ろから追い討ちをかけるようにふたりの「いってらっしゃい」が聞こえてきた。くそう、誕生日だってのによォ。


ぶつくさ文句を言っても、この聖職には通用しないようだ。







***







右手にビールを持ち、左手に青子の肩を抱いて俺の気分は最高潮だ。つい一時間前が任務だったとは思えないほどだ。


青子の言ったとおり、任務を終えた俺を出迎えたのは華やかに飾られたメフィストの部屋だった。他の人間を呼んでいないのか、規模自体は小さなものだ。だが、俺の気分を満足させるには十分。


ぐいと青子を抱き寄せ、耳元に口を寄せた。


「だァらよ、言ってやったんだ。『それはただのおまえのエゴだ』、キリッ!ってよォ」
「きゃー!藤本先輩まじかっこいいですー!抱いてー!」
「おう!いつだって相手になるぜ?」
「イケボー!耳が妊娠するー!」


「……あなたたち、それくらいにしたらどうです」
「えーっまだ12本目だぜ?」
「夜はまらまらこれからですよメフィさま!」
「ろれつ回っていませんが。あとここは私の屋敷です」
「ンなの関係ねーって!今宵は無礼講だぜ?」
「ぶれーこーです!きゃはは!」


ギャハハハ、とさながら魔王のような笑い声を上げて、ビールを流し込む。すぐに空になって床に投げ捨てると、メフィストがていねいに拾ってゴミ袋に突っ込んだ。まったく執事のようなありさまだ。


「でもー、藤本先輩は胸がおっきいひとがいいんでしょー?」
「んー、そうだなァ。やっぱこう手触りがよくてなァ、ぐへへ」


突然始まった恋バナ(世間では下品な話に部類されるかもしれないが)に俺はノリノリで答える。酔いが回って今なら何でもしゃべってしまいそうだ。手で胸を揉みしだく仕草をしていると、卑猥な笑みがこぼれてくる。まあ、いいか。今日は俺の誕生日だし。


「うっ、やっぱり、そうですよねえ」


ぐすぐすと鼻をすする音が聞こえてそちらを見る。と、なんとまあ酒にやられた青子が清いしずくをぽとぽとと膝の上に落としていた。なんだ、笑い上戸かと思ったら泣き上戸だったのか。「おいおいどうしたァ」と心配のことばをかけてやれば、ますます涙はあふれ出てきた。


「藤本先輩はやっぱり胸のおっきくてスタイルがよくてちょっと強気な、いうなればシュラ先輩のほうがいいですよねえ。わらしみたいなちんくしゃ、好きになんかなってくれませんよねえ」
「な、なにを言ってンだ?」
「だからあ、わたしは藤本先輩がだいすきなんですう。でも藤本先輩の理想とはかけ離れてますし、やっぱりあきらめます。あきらめてメフィさまにします」
「私は御免ですよ」
「うわああん一日でふたりに振られました!これはもうアーサー先輩しか頼るひとがいません!」


ガキみたいに泣きわめく青子。メフィストは非情にも執務を行っている。ったく、しょうがねえ。


「泣くな、青子。まだ誰も振っちゃいねえだろう」
「ふえ…」
「言っただろ、『いつでも相手になる』って」


酒の勢いに任せてとびきりイケメン(自称)な表情で親指を突き立ててやれば、青子の顔がひまわりのごとく輝いた。


「藤本先輩!あいしてます!」
「おうおう、じゃ、メフィスト、俺達ァ行くからな」


そういうわけで、青子お持ち帰りコースが決定した。こいつは俺の誕生日パーティーの企画者だしな、いいやつだから問題ねえ。今日は最高の誕生日だぜ。高笑いしながらソファから腰を上げる。メフィストの嘆息が聞こえてきた。


「足元ふらついていますよ」
「らいじょうぶれす!うふふ、今日は藤本先輩とうはうはパーリナイれすから!」
「……聖職者らしく節度ある行動を、お願いします」
「まっかせろって!なんたって俺は聖騎士だからな!」
「きゃー!藤本先輩かっこいいですー!」


ったく、モテる男はつらいぜ。






***







プルル、ルルル、ガチャ、


≪……、言ったでしょう。『聖職者らしく節度ある行動を』と≫


何もかも悟ったかのような台詞を吐く電話の向こうの人物。どうやら、アイツは事のすべてを知っているようだ。


「お、おい、メフィスト…、これはなんだ…」
≪あなたが招いた結果ですよ≫
「となりで後輩が寝てるんだぞ?し、しかも、」
≪裸で、自分も裸で、明らかに事後と言ったところでしょう≫


まったくそのとおりなメフィストのことばに、ぐっと押し黙った。ゆっくり視線を隣にずらせば、まさしく説明されたとおりの後輩――こと青子が寝息を立てている。再確認したことにより動揺が再発してきて、危うく携帯を落としそうになる。


目を覚まして、二日酔いに悩まされていて、横のぬくもりに気がついて、そしてこれだ。気が動転して真っ先に電話をかけたのが、メフィストである。


ああまったく、何がどうなってやがる。


「昨日の俺は何をやらかしたんだ!」
≪酒に呑まれて後輩を口説き、そのままお持ち帰りコースです≫


だらしなく、口が開いた。


≪絶句している場合じゃありませんよ。ああ、責任はきちんと取って認知してくださいね≫


ブツ、とやはり非常にも電話は切れる。もっと気遣ってくれ、メフィスト。いや、自業自得だろうが。


顔面蒼白で唖然としていると、隣の毛布がもそりと動いた。瞳を開けた青子は、俺の顔を見てぽっと顔を赤らめる。―――そうなるよな。


「ふ、藤本先輩、」
「ああ、」
「昨日は、激しい夜でしたね…」
「……」


これは、なんのB級映画だ?






飲んで呑まれて
(せっかく誕生日だってのに)(お先真っ暗だぞ)





藤本誕生日おめでとう!報われないような、そんな話だけど結果オーライです。
(2013/05/12)