「奥村先生、今日はエイプリルフールらしいですよ」
「へえ、そうなんですか」


…。
……。
………。
…………。


「え、会話終了ですか」
「何処に広げる必要があったんですか」
「そこは何か嘘を吐くところじゃないんですか」
「では、僕はドジっ子が好きです」
「……泣きたい」


資料整理をしながら目元を手で覆う。心が折れそうである。
先日、フェレス卿へお茶をお運びする最中に何もない所で華麗につまずき、奥村先生の足にお茶をぶっかけてしまったことを根に持たれている。
そのときにフェレス卿が「まったく、あなたはドジっ子ですね」なんて仰らなければこの言葉の意味を理解しなかっただろうに。断じて違うのに。


「ふーんだ、奥村先生のホクロ眼鏡」
「兄と同格の脳みそですね。どうやって祓魔師になったんですか」
「はッ、エイプリルフールだから奥村先生のノットホクロ眼鏡って言わなくちゃ!」
「…ちっ」
「奥村先生、教師として舌打ちはよくありませんよ」
「貴女如きに言われたくありません」
「え?言われたいんですか?」
「…」
「ぎゃあああ無言で資料を追加しないでくださいいいいい」


怒っているのが目に見えて分かった。眉間の皺と浮き出た血管が怖い。眼鏡が割れそう。
ちょっとした冗談なのに、奥村先生は意外と短気だ。そういうところはお兄さんと似ていると思う。


追加された資料を手早く整理していく。その間、会話はひとつもない。
十分前までも無言で仕事をこなしていった。ちょっと盛り上げようと話題を振ったのに、見事に逆効果だ。


奥村先生を見ていると、いつも肩を上げて頑張っている気がする。そんな様子を見ると、息抜きすればいいのにと、毎回の如く思うのだ。


「奥村先生、」
「黙って仕事が出来ないんですか」
「出来ないので聞いてください」
「……、なんですか」


諦め気味の表情で奥村先生は私を見る。
あらかじめ買っておいたまぐろの刺身一パックを、資料の上に載せた。


「奥村先生はノット頑張りやさんなので、お仕置きにこれを差し上げます。貴方の能力の無さにはがっかりしましたので、仕事の邪魔をしないためにも家での自主学習を推薦致します」


あ、やべ。混じった。
でも言ってしまったからには引き返せない。私はそのままじっと奥村先生の目を見る。


「……、何処から嘘で何処から本当なんですか」


しばらくキョトンとした表情だったが、急に笑い出した。よかった、ウケてくれた。
このまま冷酷に「はァ?貴女馬鹿なんですか?」なんて言われたら、私はもう二度と立ち直れなくなる。確実に。


奥村先生はまぐろの刺身を見ながら、笑い続ける。あれ、チョイス間違えたのかな。


「兄に聞いたんですか、僕は魚介類が好きだって」
「は、はい。今日こそはって、思ったので…」
「何も四月初めにしなくても…。まあ、有難くいただきます」
「ぜひとも!美味しく食べてください」
「安物じゃなかったら、美味しいでしょうけど」
「うっ、ちゃんと高いのを買いましたよ…!」


最後まで皮肉を言ってくる。そんなところも、何故だか嫌いになれない。
奥村先生より私の方が年上なのにといつも考えるが、どうしても勝てないな。


「それで、僕は休んでも良いんですか?」
「これくらいなら私ひとりでも大丈夫ですから、お疲れでしょうし」
「“先輩”に気を遣われては、断れませんね」
「こんなときだけ…」
「では、お言葉に甘えて」


おお、なんだか今日は素直な奥村先生だ。いつもはもう少し抵抗するのに。子ども扱いするなって。
そのまま一直線に出口へ向かったかと思えば、急にくるりと振り返る。


「実は僕、貴女のことはそんなに嫌いではありませんよ」


そして、そんなことを笑顔で言ってのけた。


「えっ、お、奥村せんせ、」
「それでは、失礼します」
「ちょっまっ、えっ」


バタン。


詳しく聞く前に逃げやがった。なんということだ。
無意識に赤くなった顔が恥ずかしくなり、益々体温が上昇する。
なんてマセガキなんだろうか、奥村先生。
まあ、エイプリルフールだから全部嘘なんだけど。
反対にすれば、私のことはあまり好きではないってことじゃないか。


「大人をからかうものではありませんよー」


と、呟いてふと時計を見る。
“PM12:04”の文字が映った。


ん?そういえば、エイプリルフールの日は午前中しか嘘を吐けないのでは?
いや、でも、奥村先生がそんな私のことを、
それに午前中までとか、知らないかもしれないし、
けど、あの賢い秀才な奥村先生だし、
えっ、えっ、ちょっと、奥村先生…!


「どういうことなの…!」


その質問に、答える者は居ない。
居るのは、赤面して悶々とする私と大量の資料のみ。







嘘吐いてよし、悩めよ乙女
(さて、答えは奥村先生のみぞ知る)





エイプリルフール!遅れましたが!
(2012/04/02)