※卑猥









「燐、見た?いまの子、すっごくかわいかったよ」
「……」
「あ、あの自転車のひと、あのひとになら犯されていい」
「……」
「うっ、さっきの子にびびっと来たよ!食べちゃいたい!」
「……だァアッ!なんなんだよおまえ!」


黙殺に耐え切れなくなって、燐は足を止めて大声を上げた。ずっと隣で喋っていた青子はぱちくりとまばたきをし、それから訝しげに眉を寄せた。


「なに、どうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ!さっきから道行く人間をひとりずつ解説しやがって!」


彼女が燐に向けって発していた文句は、すべてすれちがう人間にあてたものだった。


青子は毎度のようにすれちがう人間を観察し、評価し、ごていねいに燐へと報告をしてくる。燐からしてみればひどく迷惑な話である。


「だって事実なんだもん。あ、ほら、そんなにイライラしないで、あっち見てみて」


燐の不満をものともせず、機嫌を取るように道路の反対側を指さす青子。叱咤しようと思ったが、好奇心に負けて燐もそちらに視線を移した。


「なんだよ、ったく……」


そこには数人の女子高生が雑談をしながら歩を進めていた。なんの変哲もない、ごく普通の帰宅風景だった。


「あのブレザーの子、」
「それがなんだよ」


青子がじっと黙って何かを待っている。不思議に思ったが、特に追究せず共に待っていると、急にぶわりと風が巻き起こった。


キャア、という女子特有の甲高い声を上げて、女子高生は各々のスカートを手で押さえる。しかし、青子の指差した少女だけはそれが間に合わず、スカートはひらりと揺れた。


そうして目に飛び込んできた光景を見て、彼女はガッツポーズを決めてみせた。


「はい来た!向かい風!スカートひらり!」


青子のことばに先ほどの情景が思い出され、燐の顔は火が出そうなくらいに赤くなる。
つまり、彼女はこれを見せたかったということだったのか。


「っ、お、おまえ!なんてもん見せてんだよ!」
「白色かー、純情っぽくてすてき」
「聞けェ!」
「もう、なんなの?」


「あのなァ、おまえはいま誰と帰っているんだ?」
「燐くんでーす」
「その燐くんは何者だ?」
「何者って言われても……」
「彼氏だよ!おまえの彼氏!」
「知っているよ、それがなに?」
「だから、彼氏の俺に女の好みとか尋ねるなっつの!」
「女だけじゃないよ。男もだよ!」
「なお悪ィだろうが!」


青子の悪いところ――もはや癖とも言うべきことかもしれない――は、前述のとおりありとあらゆる男女を評価して、彼氏である燐へと報告してくるのだ。彼女のその奇妙な性癖にはもう慣れたけれど、やはり報告に関しては複雑な心境なのである。


それには男も含まれるのだ。彼氏でいる自分にはめったに言わないようなことを、彼女は赤の他人の男に平気で言ってみせる。


まわりくどいと思ったのだろう。青子の表情はますます険しさが増していた。
燐は腹を括り、赤くなった頬を隠すこともせずにボソボソとことばを紡ぎ始めた。


「お、おまえが、男に、その、そういうこと、言ってると、俺だってなあ……、」
「……」


それ以上ことばにすることができず、情けなく喉の奥で消えていった。


青子はそこから燐の意図を汲み取ったらしい。


「燐、嫉妬してくれたの?」


キョトンとした表情でそう尋ねた。読み取れはしたが、理解はしていないようである。


「するに決まってンだろうが!」


もうどうにでもなれ、という心持で叫ぶと、彼女は突然笑い出した。


「ふふ、うれしい。うれしいね」


笑いながら、「うれしい」ということばを繰り返す。心底うれしそうに目を細め、くすくすと笑う。
そんな様子の彼女を見て、燐は恥ずかしさやらうれしさやら、感情がごちゃごちゃになった。


「ありがとう、燐」


散々笑った挙句、青子は燐の瞳をまっすぐ見据えてそう言った。


「心配しなくても浮気なんかしないよ」
「あたりまえだろ」
「ちょっと夜の所作に使うくらいで」
「……あ?」


ちょっと待て。いまのことばの意味は、いったい。


「脳内保存で、ちょこっと想像力を働かせるくらいだから」
「お、おい、おまえそれって、」
「あっ心配しないでね!燐でもしてるから!」


安心させようとしたのか、燐の肩を強く叩いてウインクしてみせる青子。


「そういう問題じゃねェエ!」


燐の悲痛な叫びも、彼女に理解されることはなかった。






彼女なりのアイジョウ





(2013/05/03)