※死ネタ
少女はただ静かに目を伏せた。片目しかないその目は、哀しい色を浮かべている。
アレン・ウォーカーはそっと彼女から視線をずらした。少女の傍で横たわっているのは、彼女の母親だった。その瞼は固く閉じられ、二度と開くことはない。
つい先程、AKUMAの弾丸が貫いたその腹部は朱に染まっている。直に彼女は砂と化す。少女はそれをただじっと待っていた。
彼女の片目を失った原因は、AKUMAが放った弾丸で飛び散った硝子の破片だった。応急処置しかされていないために、赤い血が包帯に滲んでいる。
パキン。
小さな砂の塊を指で崩したように、脆く、そして儚く少女の母親は原形を失った。着ていた洋服のみが残る。
少女は静かに涙を流した。
「…エクソシストさま、ありがとうございました」
彼女は涙を止めることなく、アレンを見ることなくそう呟いた。
「村の人間はまだ生きておりますから復興に努めたいと思います」
「そう、ですか…」
これ以上何も言うつもりがないことが伝わってきたため、アレンは現れた探索部隊と共に帰還しようと踵を返した。
彼女はこれからどうなってしまうのか、何度も見てきた表情のはずなのに、アレンの頭からあの哀しい隻眼が離れることはなかった。
数日後、再びあの村にAKUMAが出現したことが知らされた。偶然か必然か、またもアレンにその任務が任されることとなった。
アレンは道中、ずっと胸騒ぎがしていた。
そして脳裏に映るは、やはりあの哀しげな瞳。
「エクソシストさま、来てくださったのですね」
自分の目の前に立つ、全身に紅を纏った少女。包帯は最早擦り切れ、今にも解けそうになっていた。
少女の躯から伸びる魂。そこには見覚えのある女がただひたすらに涙を落としていた。
あの日砂となった女が、少女の母親が、救済を懇願している。
「どうして、AKUMAに…」
「エクソシストさま、仕方のないことだったのです。わたしはそうでもしなければ、母に逢うことができませんでした。この失った眼が泣くのです。母に逢いたいと、この闇を埋めてくれと」
つ、と彼女の頬に水滴が伝う。
それは、ひどく赤いものだった。闇から生み出された、彼女の心の泪。
少女はその闇を示すように包帯を取り払った。
ああ、なんとも哀しい闇なのだろうか。
「哀れなAKUMAに、魂の救済を」
「エクソシストさまは、わたしを殺してしまうのですね」
アレンがイノセンスを発動すると、彼女は躯を転換することなく彼の左手を受け入れた。少しばかり血を吐き、少女は崩れ落ちる。
なぜ、彼女は抵抗をしなかったのか。
アレンの呪われた瞳に、彼女の深い闇が映る。
「わたしも、あなたのようにその闇を埋めることが出来たら、よかったのに」
「どういうこと、ですか…」
「あなたのその左眼は失われるはずだった。しかし、その闇を埋めるかのようにあなたには呪いがかけられた。そうしてあなたは、闇を埋められた。わたしのように闇は闇のままで、母の魂を現世に留めることなく」
彼女は自分の過去を知ったようだ。
震える彼女の右手が、アレンの頬に当てられる。
「エクソシストさま、あなたの闇はまだ深くて恐ろしいものです。その左眼だけではありません。どう、か、その闇が、深まらないことを、あなたが闇に、染まらないことを、お祈りいたし、ます」
少女は最後に透き通るほどまでのきれいな泪を落とし、母と同じようにこの世を去った。
左眼が、焼けるように疼いた。
闇に沈ませ
(2013/04/19)