コンコン。
青子は友人である藤本の部屋の前に到着し、ノックをした。こうしてわざわざ現れたのは、今夜の任務の確認をするためだ。
「藤本、入るよ」
「なッ、っ、は、入って来ンな!」
「は、」
声をかければ、ドアの向こうから慌てた声が聞こえてくる。いつものように眠そうな声ではない。起きていたのか。
「着替えでもしているの?」
「い、いや、そうじゃ、…いやそうだ!着替えてっから入って来ンなよ!」
「じゃあ終わるまで待つよ。急いでね」
「待たなくていい!」
「何を慌てているか知らないけど、今日の任務の確認をしたいの」
「俺が後からお前ンとこ行くから!」
「そう言ってこの前来なかったでしょ」
「っ、う、今日こそきちんとする…!」
「はいダメー、その手には引っかからないからね」
どうせ着替えなんかしていないんだろう。
この反応でいくとおおよそ女だ。また何処かのお姉さんを部屋に連れ込んだな。
正十字騎士團は神聖な場所であり祓魔師は聖職だからそういう品を下げる行為をやめろってアーサーに怒られたばかりなのに。
しょうがない男だ。もう慣れたけど。
そう思いながらしばらく待ってみたが、一向に声がかかる様子はない。そろそろいいだろう。
「もう開けるからねー、いくよー」
「やっやめろ!」
藤本の必死そうな声も無視して、青子は容赦無くドアを開けた。そうして真っ先に目に飛び込んできたのは、異様な毛布のふくらみだった。
「…、藤本?」
「頼むから出て行ってくれ…!」
ふくらみがモソモソと怪しげな動きをしている。藤本がそこにいるというのは、火を見るよりも明らかだった。
「はい、そうやって隠してもダメだよ」
鍛え上げた筋力を行使して、藤本が押さえつけている毛布を引っぺがす。
さあ、今度はどんなお姉さんかな、っと。
ばさり。
「え、」
「死にたい…」
「………、う、うわあ」
素直な声がのどから漏れると、藤本はギャンギャン泣きながら叫び始めた。
「なんでお前が引いてンだよ!引きたいのはこっちだ!」
「いや、そんな、三十路の男が、うわあ」
「意図してのことじゃねェよ…!」
毛布を剥がして見えたのは、ボインな美女とか美脚のお姉さまとか、そういうレベルの話じゃなかった。
藤本の頭部に、あの愛らしいお耳が、ついていた。
いわゆる、“ねこみみ”というものだ。
青子はメフィストから熱弁されたことがあるが、彼の言葉によれば「ねこみみというのはですね、キャラがつけることによっていつもより何百倍も萌えるんですよ!ねこみみバンザイです!」だそうだ。“萌える”ってなんだ。
しかし残念なことにこんなオッサンがつけたところで、ちっとも“萌え”なかった。そもそもこの男に“萌え”たことがない。
「藤本、今日はハロウィンじゃないよ。もう痛くて見てらんない」
「せめて“痛い”を“イタイ”にしてくれ」
「いやもう、カタカナ表記できないくらいに痛々しいよ。早く取って」
「これ取れねェんだよ!」
ぐいぐいと藤本がそのねこみみを引っ張った。
そんな馬鹿な。そう思って青子もそのねこみみに手を伸ばした。
「うわ、ほんもののねこの感触だ。メフィストに作らせたの?」
「作らせるかこんなもん!」
「藤本はそういうプレイがお好みか…」
「ちげェって、っ、イッデデデデデ!」
「あれ、取れない」
「だから言ったろって、痛い!ちょっともう少し優し、いだだだッ」
「……なんかに目覚めそう」
「やめろ!目覚めンな!」
「うそだよ。でもまあ、三十路の男の泣き顔とか見てもねえ?それにねこみみとか、ぷっ」
「もうやめてくれ…」
青子は女とは思えないほどの力でねこみみを引っ張ったが、それでもやはりねこみみは藤本の頭から離れない。
ようやく手を放すと、藤本は涙目でねこみみを撫でた。
ピクリと動いたねこみみに、青子は驚く。
「藤本、それ動くの?」
「あ?いや、知らねェ」
「あっ、動いた!すごい!ほんものだ!」
「今更!?もっと早くに気付いてくれよ!」
藤本の感情に合わせるように、ねこみみはパタパタと動いた。もとよりねこ好きな青子は、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「すごーい!
ね、まさかと思うけど、しっぽは?」
そう質問した瞬間、藤本は石のように硬直した。その様子を見て、青子はにんまりと悪魔のように笑う。
やべェ。
真っ青になった彼の顔には、そう書かれていた。
青子の手はすぐさま藤本の身体に伸ばされた。そうして、ズボンから出て来ていた銀色のしっぽをしかと掴んだ。
「ギャアアア」
「きゃー!ほんものだー!かわいいー!」
「いだッ、いでで、引っ張ンな!」
「……じゃあ、引っ張らなかったら、」
つつ、と明らかに狙ったように、青子は指先でしっぽをなぞった。藤本の身体がそれに反応して跳ねる。
藤本は眼を見張って蒼白から赤面に変えた顔でこちらを向いた。
「ははーん、ふうん、そっかあ」
「青子、お前、」
恐怖に震え出した藤本。別の理由で震え出した青子。その顔は、恍惚としていた。
「まだ午前中だもんね。任務は夜だもんね」
「俺はねこじゃねェぞ…」
「んん?それはどういう意味かなー」
するりとしっぽを撫で上げ、藤本の新しく出来た耳−−ねこみみへと口元を寄せる。
「分かりやすいなあ」
「っ、耳元で喋るな…!」
青子の唇は、ねこのごとく歪む。そうして、色っぽく息を吐いた。
「よーし、にゃんにゃんしようか、藤本」
ねこがふたり
「病欠だ」そう言って、藤本はその日の夜の任務には参加しませんでした。
「青子さん、藤本はどうしたんですか?」
「んー、こころの病気で今日はサボるって」
「電話で“汚された…”って泣いていたんですが」
「はははは、なんだそれー。おもしろーい」
「(……かわいそうに)」
友人である(異常な神父狂である)藤川へ送る。誕生日おめでとう藤川!
リクエスト:猫耳な神父(2013/01/22)