隔ち分かつ壁は偽物だと気付く



服は届いてからのお楽しみだと告げると、三成は端的に了承したとだけ伝えられた。その言葉には何の感情もない。彼には一喜一憂がないのかと疑ってしまいたくなるほど、口調は常に一定であった。

リビングの丁度日の当たる所で寝そべって彼のその整った顔を見上げる。少しばかり異質な髪の色彩と形状が、とても気に入っている。

「三成さん、それ、染めたのですか」
「染めることが出来るのか」
「ああ、そうでしたね。現代では、染めることが可能です」
「そうか。私は染めていない。これは、珍しいか」
「そのようなきれいな銀は、珍しいです」
「半兵衛様は、一層白くいらっしゃった」

懐かしむように呟いた。

半兵衛、竹中半兵衛。「様」と付ける辺り、彼の上司なのだろう。名前を知っている程度の知識だ。詳しくは知らないし、興味も無い。それは今後の生活に支障を来たさないからだ。

「三成さんの周りには、どんな方がいらっしゃいましたか」
「……何故、そのようなことを尋ねる」
「これから一緒に生活をしてゆくのでしょう。相手のことを知りたいと思っては、いけませんか」
「否、構わん」

頭を持ち上げ目を見据えれば、その両眼も三子へ向けられる。

普通、こういうことは嫌がる筈だ。しかし、三成は特に何の変哲も無く当然の如く見つめ返す。そのほんの少しの差異が、三子にとって心地良いものだった。

「秀吉様、半兵衛様、刑部、黒田、家康…」
「豊臣秀吉、ですか」
「敬称を付けろ」
「豊臣秀吉さま」

まさか死後の武将に対して敬称を付ける日が来るとは、今までは思わなかっただろう。

可笑しくて、楽しい。

「ご友人がたくさんいらっしゃるのですね」
「友人、」
「違うのですか」
「……少なくとも、刑部は友だ」
「そうですか。しかし、どうして三成さんだけが此処に来てしまったのでしょうか」

「どういう意味だ」
「たくさんのご友人と来ていたら、きっと楽しいでしょう」
「まるで今が楽しくないかのような言い方をするな」
「あれ、楽しいのですか」
「どちらも感じていない」

「では、今はどのような状態です」
「……ただひとつ、気掛かりなことがある」
「何でしょう」

初めて、彼の眼が不安げに揺らいだ。心配で居ても立ってもいられないと言ったように。眉尻が微弱に下がり、そうして三子から眼を逸らした。


「秀吉様の天下が、見られぬことだ」


三子は慌てて口を噤んだ。このままでは、言ってはならぬ言葉を吐き出しそうだったからである。

彼は、石田三成は、戦国の世をつい先程まで駆けていた男なのだ。そんな人物が、世の先を知っているはずがあるまい。豊臣秀吉は病に臥し、それから関ヶ原にて石田三成が徳川家康に討たれることなど。
いくら異世界とはいえ、共通点もあるのだ。もし、彼の世界でもそうだとすれば、未来を知ることになる。それを変えることは、自分のような凡人にはしてはならないことだ。

更に言えば、このことを教える義理もない。彼はただの居を分けた人間だ。

「そうですね。浦島太郎になっては、辛いです」
「うらしまたろうとは、誰だ」
「うーん。では、ひとつ物語を語りましょうか。特にすることもありませんので」

やはり、三成は了承も拒否もせず、ただじっと三子を見つめるばかりであった。



そのときには既に、三成の眼の色は、いつもの真っ直ぐで澄んだ色に戻っていた。