落ちて来た穴を覗きこんでみたら



三成の落ち着いた問いに、限りある知識を絞り出して返答しながらの朝食作りを終え、ダイニングへとそれらの椀を運んだ。もちろん三成の手を借りながら。
久々に使う向かいの席を見、思わず目を細める。

「三子はひとりで此処に住んでいるのか」
「そうです。ひとり暮らしなのです」
「親族はどうした」

その言葉に異様に反応した身体が、恨めしく思った。少しは心内を誤魔化せるようになってもらいたいものである。

三子ほどの年になれば、ひとり暮らしは至って普通のことであるのだが、やはり戦国武将殿にそんな常識は通用しない。
へらりと違和感のある笑みを作った。

「母は病に臥し、少し前に亡くなりました。父は別の所にいらっしゃいます」
「共に暮らさないのか」
「三成さんの所では一緒に暮らすのですか」
「…否、そうではない」
「そうでしょう」

この話は終いにして朝食を頂くことを提案すれば、三成は了承する。何処となくおかしい彼女の様子に気付いたのだろう。そこまで鈍いことはあるまい。

手を合わせ、「いただきます」と呟く。その様を、三成は不思議そうに見ていた。

「何だ、それは」
「あら、“いただきます”文化はないのですか」
「いただきますぶんか…?」
「全ての食物には命が宿っているとされ、その命を我々は“頂く”わけになります。ゆえに、この言葉を食前に述べることにより、それらの命に感謝の意を示すわけなのです」

「…草や豆に心の臓があるのか」
「そんなグロテスクな想像はノーセンキューです。宗教的な思考でありますので、無理して従わなくても宜しいですよ」
「……此処で生きてゆくのだ、従う」

そう言って、三成は派手に音を立てて合掌する。何処か不機嫌そうな声で「いただきます」と言った彼が、少しおかしかった。

「どうですか、お味は」
「箸が使い難い」
「味を尋ねているのですよう」
「美味い」
「それは良かったです」

仏頂面ではあるが、箸のスピードが速い彼の様子に三子は嬉しく思っていた。

ひとりの食卓に馴れ始めていた頃だったため、尚のこと新鮮で楽しい。いつもよりずっと薄めに作った味噌汁でさえ、ひどく美味しく思われた。

「三子、」
「なんでしょう」
「貴様の言っていた椅子や机は使わないのか」

ああ、と首肯しつつ首を回す。そちらには普段使っているテーブルと四つの椅子があった。
いつもであれば、あそこに座って食事をとる。しかし、今回は三成を配慮したうえで座卓の方を選んだのだ。

「三成さんは椅子に座り馴れていらっしゃらないでしょう」
「無いからな」
「まだ此処に来て一日も経過していませんので、無理ばかりを強要しては申し訳ないのです」
「無理など、三子は最初から強要していないではないか」
「まず、此処に居ること自体が“無理”ではありませんか」

その言葉に、三成は閉口する。自嘲気味に笑う三子。
返答する言葉を失ったのは、それが正しいからである。返答を捜す余地は与えず、三子は窓の外を見やって喋り始めた。

「三成さん、朝食が終わったら外に出ようかと思いましたが、そういえば着る物がありませんでした」
「目立つか」
「ええ、とても。わたしが着ているような物――洋服と呼びます――を、人は皆着用していますので」
「着物ではないのか」
「着物は着るのが少々手間なため、人々は便利さを追い求めるあまりに西洋――外国の着物に手を出したのです。それが洋服です」

「それがないために、外には出られないのか」
「厳しいですね。外出したいですか」
「別にしなくても構わん。さほど興味はない」

「では、明日でも宜しいですか」
「明日であれば良いのか」
「洋服を調達できますから」
「…好きにしろ」
「了解しました」

三成との外出を待ち遠しく思っていると、ふと空の器が視界に映った。

「うわあ」

気が付けば、三成は食べ終わってしまっていたのである。

「食が細いのは何処へやら、ですね」