まっくらなすきまがこわいんだ

「朝食はごはん派なのです」

「何だ、これは」
「これは炊飯器と申します。炊くに飯に器で、炊飯器です。ごはんを炊くのですよ」
「……三子、貴様平民と言ったのは嘘だったのか」
「いえいえ、まことの平民です」

かちりとボタンを押して、きらめく白米を三成に見せた。たったの三合しか炊いていないが、三成は食が細いとのことなので問題はないとそれを見ながら考える。

そして、ちらりと三成の顔を見上げた。

目を見張って驚いてはいるものの、それほど大きくないリアクションに少しばかりの落胆と疑念を抱いていた。
落胆は無論、この強面の彼が驚くところを見たかったためである。疑念は、彼が三子と同じく平成の世の者であるのではないかというものであった。あまりにも驚きを見せないのだ。演技の可能性もある。先程の世辞も、三子に取り入るためかもしれない。

警戒に越したことは、ない。

「白米など、どれほど貴重な物であるか分かっているのか」
「あれ、三成さんの所では白米は貴重なのですか」
「私の所だけではあるまい」
「そういえば、戦国時代は麦を食べていたって習ったような…。未来では、白米が主食なのです。存分にお召しになって結構ですよ」
「……」

さて、と炊飯器の蓋を閉め、流し台の前に立つ。他人に見られながらの調理は居心地が悪いが、致し方ない。早速鍋に水を注いだ。

「三成さんは薄味が好きそうです」
「…濃い物は苦手だ」
「奇遇です、わたしも薄味派なのです」
「何を作るんだ」
「味噌汁と卵焼きを。鮭は買いそびれましたので、またの機会です。ほうれん草の胡麻和えは既に冷蔵庫にあります」

「味噌は兵糧ではないのか」
「現在では調味料として使用します。美味しい汁物になりますから、お楽しみにです」

「卵も貴重ではないようだな」
「はい。鶏さんがたくさん生産してくれますので」

「ほうれんそうとはなんだ」
「野菜ですよ。葉っぱなのです。毒はありません」

ぱちくり。三成は数回まばたきをした。じっと三子を見るが、三子の顔が持ち上がることはない。

「毒の心配などしていない」

しばらくの沈黙の後、少し顔を顰めて三成は言った。
三子はゆるりと顔を上げ、三成を見据えた。

「心配してください。わたしが嘘を吐いているのかもしれないのですよ」

再び三成はまばたきを繰り返す。顰めた表情に、ますます眉間に皺が寄る。
三成に、三子の思惑は解らない。

しかし、これは三子のある種の賭けなのだ。彼がどうでるかによって、彼女の警戒心の強度も変化してゆく。
あえて自分に疑念を抱けと伝えてみせる。挑発してくるか、また悲哀に満ちた表情を見せるか、それまた何か。その反応が、重要なのだ。

三子の表情は、とてもその心境にはそぐわないものであった。
何処か悲しそうな、寂しそうな、後悔しているような―――よく理解が出来ないものだと三成は心中で首を傾けた。

「貴様もそのようなことを言うのか」
「貴様ではなく三子です。わたしが言ってはおかしいのですか」
「何も考えていないなどとは思っていない。ただ、こうして直接言うとは思っていなかっただけだ」
「思ったことはすぐ口に出る性質なのです。それで、どうなのですか」

「…裏切りは許さない。三子が私を裏切り、私が此処で息絶えることがあれば、輪廻を巡って三子を斬滅する」
「…死んでしまっては、元も子もありませんよ」
「それに、三子に殺されるほど私は軟弱ではない」
「そんなに細い身体をしていて、ですか」
「忘れたのか。私は武人だ。この手で人を斬り、また斬られたこともある」

「見かけによらず、なのですね」
「三子とて、そうだろう」

真っ直ぐな面持ちで言葉を紡ぐ三成に、三子はふっと笑みを漏らす。恐らくはこうなることを予期していた。
彼が嘘を吐いていないことも、常に真剣であることも初対面の僅かな時間のうちに悟っていた。疑い始めれば、キリがないことも。

(ずいぶんと、怖がりになったなあ)

こんなことを言ってすみません。そう言うと、三成は端的に気にしていないと述べた。
そんな返事でさえも、先程の疑っていた自分を責め立てているように聴こえて、ますます自分に嫌気が差してしまう。

微かに震える指先を隠そうと、煮詰まった鍋の火をゆっくり消した。