道と未知と満ち

何処か先程よりも落ち着きのない石田三子は、「朝ごはん、じゃありませんね、朝餉でしたっけ、朝餉にしましょう!」と三成の腕を引いて立ち上がった。
うさぎの如く跳ねながら、この一室の壁にある板の突起に手を伸ばす。その突起を右に回すと、板はゆっくり開き、また別の部屋が現れた。どうやら、あの板は障子のような役割を果たすようだ。
慣れた足取りで部屋を歩き、再び現れた板の突起を回す。次に現れた部屋は、先程歩いた細長い部屋とはまた違った構造になっていた。

「此処は人が集まる部屋です。お客人の応対や宴会を行う際に使用します。“居間”と呼んでください。居座る“居”に、“間”です」
「居間、か」
「はい、そうです」

そこにも見覚えのない物は相変わらず数多もあった。一々問い質す気力も起きないため、三成は驚愕を胸の内だけに留める。敵や忍びの気配は一切しない。

石田三子は壁の一部に接着している突起を指で押した。かちりという音と共に、天井から太陽の如く光が射してくる。そちらを見やると、丸い物が眩しい光を部屋中に注いでいた。

「貴様、これは何だ」
「これは灯りです。こうして暗い夜や早朝にでも活動できるように部屋を明るくしてくれる、高度な技術です」
「…これがあれば、蝋燭は必要ないな」
「そうなります。あと、三成さん」
「なんだ」
「わたしの名前は何でしょう」
「……石田三子だ」
「…覚えているのですか」
「先程の話を忘れてしまうような莫迦ではない」
「では、どうしてわたしを名前で呼ばないのでしょうか」
「……三子」
「よろしい、です」

下の名前を呼んだだけだというのに、石田三子、もとい三子は笑う。単純に微笑を見せるものだ。
三成は、己と同姓の女を見下ろす。

「朝餉はわたしが作ります。それまで待っていられますか」
「…見ておく」
「分かりました。台所…、キッチン、えーっと、厨房、…えーっと」
「なんだ」
「料理をする所を何と呼ぶのでしょう」
「厨だ」
「くりや、はい、ではくりやに参りましょう」
「女中は居ないのか」
「そういうのは財力がある人間にしか居ないものなのです」

謙遜気味に笑う三子に三成は、純粋に驚く。三子は中々大層な暮らしをしているのだと思っていたが、それは見当違いだったようだ。
平民なのか。平民だというのに氏を所持しているのか。

「何故、氏を持つ」
「え?普通持ちますよ」
「女子や平民に氏はない」
「ああ、此処の未来では氏は当たり前に所持することが出来ますから」

四民平等、ですよ。そう呟いて三子は歩くのを再開する。四民平等とは何かと尋ねる前に、厨に到着したのか三子は振り返った。

「三成さん、どのくらいお食べになりますか」
「……無くても構わない」
「そんな風な生活をするから、痩せていらっしゃるのですよ。じゃあ、小食ということですね」

ぽん、と軽く叩かれた腹を見る。秀吉様や半兵衛様、刑部からも再三やかましく言われていたことを、三子にも言われた。
それが何処か、奇妙な心地がする。

「三子がそれを言うのか」
「わたしが言ってはだめですか」
「貴様も細身だろう」

そう伝えると、三子は目をぱちくりと瞬く。すると、何故だか口を尖らせた。

「三成さん、何の意図を持ってそのようなことを仰りますか」
「ただそう思うだけだ。何かあるのか」
「…困りました、真っ直ぐでいらっしゃる」
「どういう意味だ」
「何でもありません。もう朝餉を作ります!」

首を傾げて尋ねても、三子が質問に答えることはなかった。意味が、分からない。