信じなくてもいいよ

「三成さんが居た戦の世からはおおよそ四百年が経過し、その長い月日を経て日本国は変化致しました。
 戦はお国の規則で禁止し、武器になる物の所持も禁止されました。文明や文化も発達し、いつのまにやら便利で快適な暮らしを提供してもらえるようになっています。
 戦国の世、つまり戦国時代からはとても想像が出来ないような生活をわたし達は営んでおります。この現在の世を、平成と呼びます。
 三成さんが受けた現象のことをタイムスリップと言いまして、格別頻繁に起こることではありません。神様仏様の気紛れか、運悪く三成さんにそのくじが当たったのかと。

 もうひとつ、わたしから推測しますと三成さんの現象はただのタイムスリップではありません。
 わたし達が日本史、つまり日本国の辿ってきた歴史についての学問で習った情報によりますと、どの武将も髷を結って甲冑を身に纏い髭を蓄えています。
 ところが、三成さんは未だに若く好青年で細身で銀色の髪をしていらっしゃいます。
此処から推測致しますと、三成さんは別の異なる世からタイムスリップをしてきたのではないのでしょうか」

息継ぎはほぼなかった。延々と語る石田三子に、三成はただ呆気に取られていた。
先程まで警戒心なく挙動不審で貧弱そうな女だった筈が、今はよく口の回る気の強そうな女へと変化している。
しかし姿形は石田三子と名乗ったあの女のままであった。化物を握り締める手には少し力が篭っている。

賢い三成は呆然としながらもその話をきちんと一言一句聞き逃すことはなかった。大体の話を脳内で整理し、簡潔にまとめることも不可能ではなかった。

「別の異なる世とは何だ」

それゆえ、質問することも容易いことであった。石田三子は、良い質問だと言うように満足げな表情で頷く。

「例えば、わたし達の居る此処の世を“一”と致しましょう」

徐に紙と棒のような物を取り出した石田三子。どうやらその“棒”は筆として使われるらしく、器用に丸を描く。

「此処が“一”です。“一”の世では、四百年前の武将の皆様は髷や髭をお持ちな中年の方ばかりです。未来でも名を残していらっしゃる方は皆そうなのです。
 もちろん、三成さんも未来まで名を響かせております」
「秀吉様や半兵衛様も当然だろうな」
「無論です。さて、三成さんの居た世を“ニ”と致します」

くるりともう一つの丸を、“一”と名づけられた丸の隣に描く。
その二つの丸の間に、横の線を平行に二本、その二本の線を裂くかの如く斜線を一本引いた。

「これはこの二つが異なることを示します。
 質問しますが、三成さんの所では髷を結っていた人や質素な――例えば黒や白や灰色だけの色で構成された――鎧をしていた有名な武将さんはたくさんいらっしゃいましたか?」
「…否、雑兵程度ならば」
「分かりました。つまり、“ニ”の世では、髷や髭を蓄えた質素な格好の鎧を着た有名武将さんは滅多にいらっしゃらず、大体が派手な格好をした方々ばかりだったということになります。
 此処から読み取れることは、“一”と“二”は同じような設定ではありますが相違点があるということです」

「貴様の言語は分り辛い」
「なんとなくで察してください。そんな世で生きてきた三成さんは、ある日突然神様の気紛れで“ニ”から“一”へ連行されてしまいました。
 そうしてわたしの家へと落とされたわけなのです!」
「何故私が」
「存じません。でも、ご安心してください!大体の場合、三成さんが此処に滞在している間は“二”の世の時は停滞すると思われます」
「……それは信じても良いのか」
「憶測ですが、恐らく信じても構いません」


「何故、このようなことが分かる。貴様はこうなることを見越していたのか」
「違いますよ」

にやり。石田三子は狐のように口元を吊り上げ、三成の方を向いた。


「わたし、SF小説が大好きなのです」


好奇心に満ちたその赤い頬を見せる少女に、向かいに座る男は至極真面目な表情で口を開く。

「………えすえふしょうせつとは、なんだ」
「あら、そうだった」