初めて明日を憶う今日

存外非情な性質だった。母や隣人、友人が死すとも、まずは世界への落胆を胸に抱いたのだ。世界を滅ぼしたと豪語する者に出逢っても、理不尽に対する憤りや嘆きを考えもしない。私こそ、その程度の人間だったのかもしれない。

「奇怪な女よ、気に入った。来い、ここでは腰を落ち着けることも出来ぬ。」

くつりと笑ってみせたかと思えば、突然手招かれた。私の返答よりも先にスタスタと炎の中を器用に歩いていく。さも私がついて来ることが当然のようだ。傍若無人にもほどがある。断る理由もない私は、やはりたったひとりの生存者について行くほかないのだけれど。慌ててその背を追いかけ、半歩後ろで歩みを緩めた。

「あの、私はあなたの名前を知らないので、教えてもらっても、いい?」
「ふむ、……我が遠慮をするなど不必要か、我はギルガメッシュだ、よくよくその胸に刻みつけておけ。」

ギルガメッシュ、とは、また大層な名を与えられているものだ。日本人ではないと推測していたが案の定だった。それにしては日本語が達者だと述べれば、「言語など我にとっては造作もない」と鼻で笑われた。尊敬よりも怪訝のほうが胸を占めざるを得ない。私を気に入ったというのも普通ではないし、世界滅亡の主犯と名乗るのも非凡だ。この様には似つかわしくない風貌でそれが当たり前のように平然としていることも異常だ。平常であればこんな怪しげな男について行くことなどありえないのだけれど、この有様では私の選択肢も限られている。足元の火を避けながら、この唯一の生存者、ギルガメッシュの後ろをただひたに歩き続けた。

「ギルガメッシュなんて、随分な名前で聞き慣れない。」

無言でギルガメッシュの後ろを歩くことにも飽きてしまい、コミュニケーションを図るべく雑談に励むことにした。当人もさほど癇に障らないらしく、この会話に付き合ってくれるようだった。「我の真名だ。随分でなくてはなるまい。」と、やはりこの男には謙虚さという慎ましい心構えがない。それにしたって古代メソポタミアの王の名を冠することなど、畏れ多くて並大抵の精神では不可能だ。そのような感性は日本人と異なっているのだろうけれども、あんまり堂々としていては慢心が過ぎる気もする。世界を滅ぼしたなど言っているが、実はこの異常事態に任せて妙な地位を確立しようとしているのかもしれない。それに付き合わされるのは、面倒だなあ。

「貴様の些末な脳味噌では、我が英雄王であることも理解出来ていないのだろう。」
「英雄王、はあ、……メソポタミアの?」
「左様、知識くらいは有していたか。」
「不老不死とは知らなかったけれど。」
「その理解は浅いな、無理もない。愚にもつかぬ雑種のために我の身の上をとくと語ってやろう。目的地に着くまでの与太話だ。精々惑わぬよう整理しながら聴くことだな。」

そんな忠告通りに、実に複雑怪奇なお伽話だった。第四次、第五次と行われた聖杯戦争という魔術師のための願望器をかけた戦争。マスターとサーヴァントというシステムによる英霊召喚。あらゆる願いを叶える聖杯の真の姿。そして、人間の願いを蓄積し過ぎた器から零された、この「泥」の正体。ギルガメッシュは聖杯を二度使用した。第四次聖杯戦争のときは受肉を、第五次聖杯戦争のときはこの惨状を願った。それは滞りなく叶えられ、今がある。
こんなファンタジーな話を信じたくはなかったが、ギルガメッシュが嘘を吐く必要性を考えることができなかった。私としては彼が本当の英雄王であることよりも魔法が本当にあったことのほうが興味深かった。

「魔法と魔術は似て非なるものだが、我は魔術を語る趣味がないのでな、その誤解は解かぬ。」
「そうなんだ、先は長いし、そのうち学んでみるよ。」

呑気な奴め、と笑われる。


次へ  表紙