初めて明日を呪う今日


世界が終わったらしい。眼前に広がる火の海に、そうとしか言いようがなかった。平凡な毎日に突然終止符が打たれ、隣では母親が炭になっていた、この様子では父も無事ではないだろう。遺骸をしかと目撃してしまい、途端に空の胃から胃液がせり上がる。それをなんとか堪え、私の服を掴む母の手を無理矢理引き剥がした。今度こそ嘔吐した。昨晩未明、世界が滅びました。生存者は不明、死傷者は未知数、といったところか。思いの外冷静な頭に嫌気が差す。吐いた後で余計に喉が渇くが、新鮮な水に期待はできない。どうしたものか、と崩れ果てた家屋から抜け出した。やはり、視界が赤いことに変わりはなかった。大火災、十年前にも同じことがあった。規模はこの都市一帯を焼き払う程度のもので、それでも多くの人間が犠牲になった。今回は、まるでその延長戦のようだった。この都市は呪われている。

水道管が破裂して噴水と化しているのを発見し、それが上水であることを確認してから手を洗い、喉を潤した。周囲の熱にあてられ生温いものだったが、充分だった。今のところ生存者に出会っていない。自宅からそれなりに歩いたつもりだったが、転がっているのは人の形をした炭ばかりだった。目を伏せて歩いてもその眼窩がこちらを向いているような気がして、しかたなく真っ直ぐ前を向いて歩みを進める。私は何を探しているのだろう。生きている人だろうか、安全な場所だろうか、現状を理解できるものだろうか。そのいずれもを、こうして首を振って探しているのだろう。このままでは、私も炎に焼かれてしまったほうがずっと良かった。こんな惨状を見ずに済んだ。何も知らずに死んでしまえた人たちを羨ましいとさえ思う。生き残っておきながら、惨憺たる生を諦めてしまいたかった。


「よもや生き永らえる者が居るとは、」


耳に、轟音以外のものが飛び込んできた。


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