04



暫しの絶句の後、清は躊躇いなく携帯電話を取り出した。

「不法侵入」
「ああちょっと!待ってください!」
「けいさつ」
「どうか話を聞いてください!」
「第一なんでアニメ見ているんだ」
「その経緯についてお話しますのでお願いですから警察に通報しないでください」

もはや土下座の勢いであった。というか土下座をしていた。清の書斎に不法侵入してアニメ「魔法少女みいる」を見ていた不審な男は、リモコンの「一時停止」のボタンを押した。それにしてもこの男、よく見てみれば奇妙な格好をしている。格好といい顔といい、まるで「二次元から飛び出してきた」かのような男であった。なんて、そんなことを考えた自分を鼻で笑った。だいじょうぶだ。いくら廃人級のオタクとはいえ、二次元と三次元の区別くらいはつく。夢小説のような出来事など、起こるはずがないのだ。それにこの男が登場するアニメも漫画も小説も、知らない。
男は正座をして、清に向き直った。清は相変わらず距離を取って警戒心をあらわにしている。

「まず、私の名前はメフィスト・フェレスといいます」
「はい警察」

110を押す清の指の速さは、都会の女子高生も目を丸くしかねないほどであった。男はそんな様子の彼女を見てただ慌てていた。清は鬱陶しいものを見る眼差しで男を見下ろす。

「ちょっと待ってくださいまだ自己紹介なんですが」
「そんな有名な悪魔の名前出して、なに、厨二病なの、その齢で」
「おや、ご存知なんですか」
「知っているも何も、見たでしょあの部屋。私はオタクだ。悪魔とかの漫画を読んだことがあれば知っていること」

そうですか、と男は呟いた。しばらく顎に手を当てて何かを思案した後、男の面が上がった。

「ではお話しますが、私は悪魔です」
「はい病院」
「警察はいいんですか」
「もう病院に行ったほうがいい。治らない」

清の視線はますます氷のごとく冷たくなっていくばかりである。見たところ四十ほどの男であるが、コスプレのような衣類に身を包むばかりでは飽き足らず自分は悪魔だと主張するか。なんて重度の厨二病だろうか。その齢で。治る見込みが見当たらない。

「すみません、“正十字騎士團”はご存知ですか」
「やっぱり病院に行くべきだ。こんなところにいないで早く出て行け」
「答えてください」
「ないよ、そんなもの。知らない以前の問題だ。そんな“いかにも”なもの、あるわけない。あったとしても日本には関係ない」

次の問いにも冷酷に返答すれば、男の目が床へと落ちた。なんとなく様子がおかしい。清は少しばかり変化した空気を読み取っていた。男の若干の焦りや困惑や、さまざまな芳しくない感情が目に見えて分かった。

「……灰谷さん」

男が弱弱しく清の名を呼んだ。
待て、私はこの男に名を名乗っていない。

「ストーカーか」
「あなたの印鑑を見ただけです」
「リビング荒らしたのか」
「止むを得ない事態でしたので」
「やっぱり通報する」

一瞬でも無駄なことを考えた自分が悔やまれる。ただのストーカーではないか。もしくは盗人だ。110はすでに押してある。あとは発信ボタンを押すだけだ。

「待ってください。あの、私、どうやら異世界に来たようなんです」
「やっぱり病院にしとくよ」

男のことばに、末尾のゼロを消して代わりにキュウを入力した。




mae tsugi
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