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気が付くと知らない部屋にいたというのは、なんとも奇奇怪怪なことである。自分がそういった現象を起こして相手が驚くのを見ることはたいへん愉快なものであるが、自分がそういうことをされるのはどうにも好きにはなれない。何でもやられるよりやるほうが楽しいに決まっている。

話が逸れたが、つまるところ私は現在その状況下に置かれている。

ここは何処であるか。






見たところマンションの一室であり、居間のカーペットの上に土足で突っ立っていた。新居かのごとく整頓されているが、確かに生活感がある。すなわちここは誰かの住いなのだ。不法侵入と叫ばれ兼ねないな、と考えた。しかしながらどれだけ耳を澄ませても物音ひとつ、寝息ひとつでさえ聞こえてこないため、この部屋の主は外出していることが判った。濡れ衣を着せられる前に早々に退室したいものだが、ここが何処であるかは特定する必要があった。何故気が付くとここにいたのか、その理由を考えなければならないためである。

コツコツとブーツの音を響かせながら居間を詮索してみた。引き出しの中から出て来た印鑑に「灰谷」という文字が刻まれているのを見て、主人は「灰谷」という姓であることが判明した。
何処の誰か知らぬ灰谷さん、土足で申し訳ありません。少なからずとも持っている良心で謝罪する。居間とそこに繋がっている台所には何も見当たらなかったので、ドアを開けて廊下へと出た。

四つの扉と、それから玄関が目に入る。まずは玄関に行ってそこにある靴を拝見すると、どれも女物ばかりだった。男が履くような靴はひとつもない。しいて言えば健康サンダルくらいである。主人の灰谷は女性で、ひとり暮らしの可能性が浮上してきた。これは、困った事態になってしまった。ストーカーと思われるかもしれないからだ。捜索を諦めて帰るべきかと思われたが、若干の好奇心に突き動かされて四つの扉を調べることにした。「あおひげ」のようだと脳内で思った。

玄関から最も近い扉を開けると、そこには洗面所・風呂場・トイレがあった。ここもきちんと片付けられている。まめな女性なのだろう。その向かいの扉は、どうやら客室のようだった。掃除されているもののしばらく使われていないことが目に見えた。何も落ちていないその部屋を歩き回った挙句、溜息を落として部屋を出る。

さて、残るはあと二部屋である。「どちらの部屋に女性の死体が飾られているだろうか」などと冗談のように呟きながら、洗面所等のあった扉の隣の扉から開けることにした。そうして、目の前に広がる光景に絶句した。

その空間に引き寄せられるように入室しようとしたが、踏み入れる前に一度動きを止める。渋ることなくブーツのベルトを外して部屋の前に並べた。この部屋に土足では入ることなど出来ない。ここは神聖な場所にちがいない。

靴を脱いでから、ようやくその部屋に一歩踏み出した。





mae tsugi
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