あかずきん


メフィスト・フェレスは今日もうれしそうにキーボードをたたいていた。時折ティーカップに手を伸ばしつつ、画面に映るさまざまなものを見て頬をゆるめていた。それがなにであるかは、ここでは言及しない。

さて、一息ついたところで、メフィストの携帯電話がけたたましく鳴った。無機質な音が部屋中に響き渡る。「非通知設定」と表示された画面を見て、彼は眉を寄せた。この携帯電話の番号を自ら教えた者ならば登録されていないことはありえない。そして電話番号がなにかしらの手によって公開・漏洩することもありえない。執拗に鳴り続けるコールに苛立ちを禁じえないが、応えるという選択肢は存在しない。ゆえに、彼の指はためらいなく携帯電話の電源を切った。




ふたたび部屋に静けさがおとずれる。




刹那、ドアに大きな風穴が開いた。

ドアの通気性を“良く”した弾丸は、メフィストの頬をかすめて窓の向こうへと飛んでいく。どうやら窓の通気性も高くなったようだ。やれやれ、と常套句が口からこぼれる。今の衝撃で留め具がゆるくなってしまったのか、ドアはゆらゆらと揺れた挙句倒れ込んだ。




それを容赦なく踏みつけ現れる、赤を纏った少女。




「こんにちは、おおかみさん!」




少女の肩には、とてもその細腕に抱えているとは思えないサイズのバズーカが担がれている。そのバズーカの弾丸こそが、この一室に大きな通気口をつくった要因である。

「もうすこし静かにノックができないものですか」
「あら、だっておおかみさんがわるいのよ。愛しのあかずきんからのコールを無視するなんて!」

だれが愛しいものか。自らを「あかずきん」と名乗る少女に怪訝の眼差しを送る。さきほどのやかましい電話の呼び出し音も、この少女のせいだ。彼女の電話番号を着信拒否にしたことがそんなに気に食わなかったのだろうか。取るに足りない内容でいちいち電話をしてくるほうが悪い。


しかたなく携帯電話に手を伸ばすと、携帯電話が破裂した。目の前で大量のキーホルダーが炭と化す。ただしくは、銃弾が撃ち込まれて飛散したのだが。

「ねえ、おおかみさん、どうしてわたしの電話に出てくれないの?」
「いそがしいからですよ」
「じゃあ、どうしてわたしに会ってくれないの?」

がしゃん、と通常のライフルよりも重量のある音が目の前から聞こえてくる。彼女のお気に入りの得物である改造ライフルの銃口が、メフィストの脳天を狙っていた。引き金に指を添える彼女の表情は、実に愉しそうに歪んでいる。

「用事があるときはあの新米猟師さんを通せ、なんてあんまりだわ!おうちにあそびに来てあげたらあなたのお仲間さんに邪魔されちゃったのよ?仲間はえらぶべきよ、おおかみさん。人間なのかおおかみなのかわからなかったから、とりあえずお腹に石を詰めて井戸に放り込んでおいたわ!」
「ここへ来るたび使用人を殺していかないでください。そもそも武装して来るからですよ」
「だっておかあさんがわるいおおかみさんについて行ってはだめだと忠告したのよ。それってつまり、おおかみさんすべてに注意しなさいってことでしょう?だから食べられる前に食べてあげたのよ」

こどものように(否、事実彼女はこどもだが)空いているほうの手の指を曲げて「ガオ」と唸る。

「それで、どうしておおかみさんはわたしに会ってくださらないのかしら?」

銃口が、額に当てられる。どうやら彼女の追求は終わっていなかったようである。あきらめるしかないのか、メフィストは深々と溜息を吐いた。









「…………くさいんですよ、あなた」


そうして飛び出した台詞は、どうとらえても中傷だった。




あかずきんは目を見開き、頭の中でメフィストのことばを反芻する。「くさい」だなんて、女性に向かって吐くことばではない。自分から訊ねておきながら不躾な返答に傷つかざるを得なかった。

「その“におい”、いつまで経っても慣れないんです。私が下級悪魔だったら、即座に襲っていますよ」

さもいやそうにしんねりと睨みつけるメフィストは、少女の気持ちを知ってか知らでか、さきほどの台詞をさらに深めていく。


「悪魔といえば人間を食べる、というのは迷信なんですよ。人間を捕食対象とする悪魔もいますが、主にエネルギーの摂取源と考えるべきでしょう。それが結果として人間の死につながるケースもあるためにそのような迷信が生まれたようですが。人間の血肉を食べたがる悪魔は部分的な要素です」




「しかし、そのような悪魔のルールを逸脱させてしまうのが、あなたがた“あかずきん”です」




「普段人間を捕食対象とせず血肉など食べようともしなかった悪魔でさえ、あかずきんはその欲求を本能としてつくりあげてしまう。それがどんなに狂気的なことか、わかっていますか?」


ライフルを下ろした少女はガラスの散らばるデスクの隅に腰掛けていた。メフィストの問いかけにも興味がなさそうに、しかし意味ありげに、微笑むばかりである。

「人間にとってすれば、無機物を食べたくなるようなイメージですかねえ。それとも、太陽とでも喩えるべきでしょうか。ああ、性的倒錯ととらえてもいいでしょう。結局、あかずきんを食べることによって満たされるのは偽りの欲求にすぎない」

陰気な一室を照らす太陽を見上げても、「食べたい」などという欲求が湧くはずもあるまい。教授的な彼の口調に、少女はいい加減飽いていた。それを悟ったメフィストは、しかたなくこの貴重な鞭撻をここで終了することにした。椅子に深く腰掛け、ギッと軋ませる。


「ですから、あかずきんは悪魔にとって脅威にほかならないんです」


その忠告に、少女はニイと口角を吊りあげた。メフィストへとまた一歩、距離を詰める。




「でも、おおかみさんはわたしをあかずきんと呼んでくれるのでしょう?」




ぶわりと、甘い香が鼻先へ届く。それは一呼吸吐くだけで肺を埋め尽くし、むせ返るようだった。喉奥が、獣のように鳴く。



「ええ、あなたはあかずきんですから」



憂鬱そうに細められた眼は、まるで狼のごとく、彼女の白い肌を映していた。






あかずきん



壱万打企画に参加してくださった沙原さまへ送る。
リクエストありがとうございました。
遅くなって申し訳ありません。もしよろしければ、受け取ってください!
リクエスト:ネタ「あかずきん」

 

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