聖職に潜む悪魔


※卑猥な単語アリ






電灯を消し、カーテンを隙間なく閉め、ドアをぴたりと閉じる。出来あがったのは真暗で何も見えない空間である。手元のリモコンに手を伸ばし、そのボタンを押した。バツン、と鈍い音がしてブラウン管が目を覚ます。画面を切り替え、準備を完了させた。

「それで、ようやく労働から解放された自分をここに呼んだ所以を教えていただいてもよろしいでしょうか」

嬉々としてディスクをプレイヤーの中に挿入している人物――藤本神父に尋ねる。現在深夜一時。労働基準法を超越した激務を完遂させ休息のために自室へと足を急がせていたところ、藤本神父によって拉致された。連れて来られたのは彼の部屋で、突然部屋の準備を任された。また良からぬことを考えているのだろう。藤本神父はそういう御方だ。

「言ってなかったか?観賞会だよ、観賞会」

不穏なBGMと同時に映し出されたタイトルを見て、そのセンス皆無なネーミングに眉を寄せる。同時にそれが何かも理解した。

「疲れているのですが」
「疲れているときにこそ見るモンだろこれは。元気出るぞ!」
「下半身が元気になっても困ります」

最初のどうでもいいモノローグを藤本神父は容赦なく早送りする。彼女たちの女優としての演技に見向きもしないとは。全く持って浮かばれない。しかしとても上手とは言えない淡々とした台詞は結局耳触りなだけなので、飛ばすほかあるまい。すべてが下手だとは言わない。上手な女優や好みの女優の長すぎるプロローグはしかと聴く。心して聴く。残念なことに今流れているものは俺の心を揺さぶらなかった。心するための心がない。

「いやァ、そういえば返却期限近付いていたからよ」
「よもやあの聖騎士さまがレンタルビデオショップの垂れ幕をくぐるとは思えません」
「知らねェのか?現代には科学者共の努力の結晶があるんだよ」
「その件に関してですが、言われもない罪を着せられた事務員が本日呼び出されていました」

完成した書類を提出しに行ったときに事務員のひとりが涙目で強面の男性二名に連行されていくのを見かけた。近くの女性一同に尋ねると彼の容疑について事細やかに、そして彼女たち自身の見解も添えて話してくれた。その目はゴミやウジムシを見る目であった。純粋に恐怖した。「悪いことしたな」と、藤本神父は悪びれもなく言ってみせる。俺は先の展望と女性からの信用を同時に失った彼に同情した。

「いい加減騎士團のパソコンでAV注文するのやめていただけますか?履歴消去にパソコン自体のレジストリの削除など証拠隠滅の手間をご存じないでしょう」
「ああ、メフィストから何も言われねェなと思っていたら、おまえそんな面倒くさいことやってたのか」
「聖騎士の沽券に関わるので」

と、言うよりも、苦情が入るのだ。藤本神父は近場にあったパソコンにふらりと立ち寄って手続きを済まし、そのまま何事もなかったかのようにその場を離れる。後からそのパソコンを確認した持ち主は見覚えのない画面に絶句する。たちが悪いのはその持ち主がそろって雄なことである。すぐに誰の仕業が察しのついた者はそれを訴えることも出来ず、俺に泣きつくのだ。何故男に泣きつかれなければならぬ。何故男に涙目で「たすけて」と言われねばならぬ。どうせなら黒髪ロングで色白でメイド服がよく似合う女性に泣きつかれたいというのが男の性だ。チェンジで!と叫びたくなる自身を抑えつけ、それを救済してやっている。俺が本来救済すべきなのは人類の御霊と美女の欲求不満だというのに。この俺の健気さと献身的態度をぜひとも見習ってもらいたい。

「じゃあ、これから付き合えよ、借りに行くの」
「何故でしょうか」
「ネットがだめなら自分で行くしかねェだろ」
「いえ、何故俺がついて行かなければならないのかという質問です」
「いっしょに来てほしいからに決まってンだろ」

これがAVの話でなければ良かったのに。頭を抱えながら、流れ始めた見せ場を横目で見る。……俺のストライクゾーンには入っていなかった。俺は洋モノを見ない。

「これはいかがされるおつもりですか」
「それはハズレだったからもういい」

まだ十分も見ていないというのにこの感想。払われたワンコインと無意味に喘ぎ続ける女優が浮かばれない。しかし当の本人が「もういい」と言った以上これに用はない。俺はプレイヤーからディスクを回収した。ケースとディスクがバラバラに収納された五本のフィルムの不愉快さも解消し、レンタルビデオ店のマークが入った袋に角をそろえて滑り込ませた。時計を確認する。丑三つ刻などと言っていられない。藤本神父はすでに外出の用意を済ませている。拒否権などは裁判所でないかぎり行使されない。裁判所でも行使され得ないだろう。

俺は渋々コートに手をかけた。






♂♀







「しっかし、キモチイイことして金稼げるならいいよなあ」

DVDの物色中に藤本神父はふと呟いた。その手にはあざといタイトルが与えられた趣味の悪い色合いのパッケージが握られている。俺はそれを無言でひったくって棚に戻し、ちょうど目をつけていたものを代わりに渡す。藤本神父は不満げにそれを見下ろしていたが、お気に召したらしく頷いてカゴに入れた。

「そうは思いますが、いいことばかりではないでしょう。ああして好きでもない男と寝たり乱暴されたりするんですから」

女子高生の強姦モノを手に取り藤本神父に見せびらかす。首を横に振られた。俺の好きな女優が出ていると説明するも、やはり断られる。どうやら男優のほうが気に食わないらしい。しかたなくそれを棚へと戻した。

「まあ、そうか、……つらいこともあるんだよな」
「そう考えてみると、彼女らの努力はなんと懸命なものか!真摯なものか!感動に値します!」
「よし、同じ“セイショクシャ”同士励ましてやろうぜ!俺たちは聖職者、あっちは性職者ってな!ギャハハ!」
「おやじギャグを仰るとは、真のおやじですね」
「うるせえよ」

深夜三時。薄暗いレンタルビデオショップにて、藤本神父と俺は怪しげな笑い声を上げながら暖簾の奥でディスクを入れたり出したりする。その姿はまるで悪魔さながらである。夜は、さらに更けていく。―――顔を真っ青にして電話の受話器を握りしめるエプロン姿の男に、気付くことなく。












「それで?その祓魔師のコートを着て、レンタルビデオショップのアダルトコーナーに入り、猥褻図書を借りようとした、と」

早朝五時。ヨハン・ファウスト邸にて、藤本神父と俺は修行僧よろしく正座をしている。なぜこのようなことになったのか、と問われれば、ただいまフェレス卿が仰ったとおりである。よもやこの職に就いてから青服のお世話になるとは思わなんだ。フェレス卿もそんなことは思っていなかったらしく、額に珍しく血管が浮かんでいる。否、珍しくはない。藤本神父が関わればかの名誉騎士さまといえど容赦はないのだ。

「返すことばもございません」
「挙句の果てには店員に通報されるなんて、まったく、祓魔師の恥ですね」
「わりいわりい!おら、お詫びにお前にも見せてやるから機嫌直せよ」
「藤本神父、あの状況下で借りていらっしゃったんですか」
「あたりめーだろ。俺はぬかりねえんだよ」

そしてこの男はまったく悪びれもないのである。反省ということばを知らないようだ。聖騎士殿の辞書には「反省」の二文字は存在しないのだろうか。役職名を「性騎士」に変更することを推奨したいほどである。子どものように屈託のない笑顔を浮かべてセクシュアルハラスメントを堂々と敢行している藤本神父に、フェレス卿は冷笑を浴びせかけた。

「藤本はこれから一週間連続勤務、ハンスくんは反省文を提出してください。あと家宅捜索を依頼しておきましたから、いかがわしいものは一切合財取り上げます」

そうして告げられるは、死の宣告である。

「なッ、鬼!ブラック企業め!」
「俺のいまはもう非売品となってしまったDVDまで没収すると仰るんですか!」
「すべて、ボッシュート、です」

嗚呼、本物の悪魔は隣の似非悪魔よりも悪魔であった。テーマパークのネズミ耳をつけた幼女よりもイイ笑顔を浮かべるフェレス卿は、俺に三十枚の真っ白な紙を押しつける。フェレス卿の右手が上がると同時に、かのテレビ番組のハンターのごとき黒服の男たちが俺たちの部屋へと駆けて行った。









聖職に潜む悪魔



藤本神父とハンス少年がAVをレンタルしにいく話。
本編よりも時系列は前になります。


 

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