アイラブヒューマン


オリハライザヤに連れられてやってきたのは、何の変哲もないただのマンションだった。その一室に居を構えている、という説明を彼は移動時間すべてを使って行った。正直無関心を通り越して逆に暇潰しになるように感じていたが、適宜相槌を打っておいた。

「さあ、どうぞ」

ドアを開けて、紳士的に前を進めてくる。私はオリハライザヤ……含む他人の前方を歩かされるのは好きではない。背後を取られた気がして背中がぞくりぞくりと粟立つのだ。しかし、ここでもやはり無言で従う。

「コーヒーでもいれてあげるよ。ああ、それとも、」

オリハライザヤがこちらを緩んだ笑みで見据えてきたので、横目でその視線に応えた。彼はさらに笑みを深める。

「雛ちゃんは血液のほうがいいのかな?」
「……」

呆れた、という意味を込めて息を吐く。

広いその部屋を隅から隅まで目を配らせていると、ひどい圧迫感を覚えた。この部屋はきらいだ。きっとだれでもそう思う。この部屋に住まう、オリハライザヤを除けば。

溜息の意味と返答を待っている様子のオリハライザヤが視野の端に映った。

「不愉快なのでそういうことを言わないでいただけますか」
「機嫌悪くなった?」
「すこし」
「そう、それは謝るよ」

口先だけの謝罪を受け取る。私は話を本題へ促すべく、己の腹へと手を伸ばした。ずいぶんと食事をしていないそれは、増して薄っぺらになっている。ちょうどよいタイミングで、ぐう、と腹が唸った。ああ、おなかがすいた。

「そう急かさないでよ。ちゃんと用意してあるから」
「いただいてもかまいませんか」
「そのまえに、きちんと自己紹介をさせてくれないかな」
「食事中でも可能なことだと思います」
「人間が人間を食べるところを観賞しながら自己紹介したい人間なんていると思う?」

オリハライザヤは私が完全に口を閉じたことを確認してから、部屋の中央奥にあるデスクに腰掛けた。背後には壁の代わりに大きな窓が広がっている。彼の自己紹介に合わせるかのように、昇ってきた朝日が差し込んできた。

「俺は折原臨也。趣味で情報屋をやっていてね、よく新宿にいる。活動拠点がそこなんだ。雛ちゃんのことは初犯のころから知っていたよ。犯人像がお茶の間を通過する前からきみが犯人だということも知っていた。きみに興味を持ったのは、初めてきみの犯行現場の映像を見たときだ。あ、もちろん非公式だよ。映像は見た後にすぐ破棄した。まあ、いまさら流れても困ることないと思うけど。で、そのときの映像を見て、ああ、おもしろい子だって思ったんだ。食べているときの雛ちゃんの表情がよくってね。



だって、あんなにうれしそうな表情して猟奇的な犯罪を起こす子なんて、なかなかいないよ?」




いまはこんなに無表情なのに。そんな皮肉が聞こえてきたが、無視をする。どうやらどこかの監視カメラの映像を入手したのだろう。自称・情報屋だったらそのくらい容易だ。そんなことよりも、まさか表情に着目されるとは。私はそんなにうれしそうに食べていたのか。少しも知らなかった。食べているときはその人のことしか考えていないから、表情にまで気を回す余地なんかありはしない。

「ほんとうにうれしそうだったよ。神様に感謝してます!って顔だ。それでね、俺は思ったんだ」

オリハライザヤはデスクから離れ、ソファのそばで立っていた私へと近付く。ゆっくりと距離を詰め、私の首元へと手を伸ばした。攻撃の意思を感じられず、私は為すがままに任せる。彼は私の首をやさしく撫ぜた。手はそのまま唇へと滑る。指先が、乾いた唇の線をなぞった。


「ああ、この子はほんとうに人間を愛しているんだ」


彼の瞳に宿る狂気を覗きこむ。その狂気は私もよく知っているものだった。


「あなたと同じです」


私の瞳と、同じものだ。


「きみとは仲良くなれそうだ」


どんな愛よりも純粋で、純真で、純潔で、―――歪な愛。


「私もそう思います」


そんな愛を、私たちは惜しみなく人間へと向けてゆく。






アイラブヒューマン



壱万打企画に参加してくださったヤヨイさまへ送る。
リクエストありがとうございました。
遅くなって申し訳ありません。もしよろしければ、受け取ってください!
リクエスト:ネタ「アイラブヒューマン」」

 

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