ハロー、ウィン!




ふと手帳に目をやると、そこには31の文字がオレンジ色に縁取られていた。そういえば、今日は10月31日だ。世にも有名なハロウィンの日である。

とは言うものの、私にはなんら関係がない。若人らしくお菓子をもらいに行く元気もない。連日の鍛錬疲れで全身が痛い。こんな休日くらい休みたいものだ。

携帯の画面のカボチャをボタンひとつで消し去り、バキバキと唸る身体を起こした。

「おはようございま、」


「ハッピーハロウィン!」


「部屋を間違えました」
「おや、あっていますよ」

逃げようとする手首を掴まれてそのまま部屋に引き込まれる。ドアをしっかりと閉めて逃げ道を塞いだメフィストさんは、にんまりとした。

「トリックオアトリート」
「子どもですか」
「人間が作り出したイベントを人間が楽しまないなんてなんという皮肉でしょうか!それでもあなた、人間ですか?」
「メフィストさんよりは人間です」
「くく、そうですね。さて、雛さん、」
「お菓子なんてありませんよ。メフィストさんからいただいたお金しか持っていないんですから、無駄遣い出来ません。お菓子なんか買う余裕があると思うんですか?」
「今日はいつにもましてドライですねえ。嫌なことでもあったんですか?」

しいて言えば目の前の悪魔がエセ神父の格好をしていることですかね。

視線で訴えながら手頃な椅子に腰掛けた。メフィストさんは十字架をぶらさげ、漆黒の神父服に身を包んでいる。ただでさえいつもの格好が仮装じみているのだから、わざわざ着替える必要なんてないだろうに。それもよりにもよって神父なんかに。

「しかし困りましたねえ。雛さんがお菓子を持っていないということは、私はあなたに悪戯をしなければなりません」
「無理しないでください。むしろ何もしないでください」
「そういうわけにもいきません。私はトリックオアトリートと言ってしまったんですから」

するりと、白い手袋を嵌めた手を私の顎に滑らせる。顔が近い。そして笑みがうっとうしい。

「どんな悪戯をご所望ですか?」

鼻と鼻が接触しそうなほどまでにメフィストさんとの距離が近付いた。瞳がかちりと合う。




私は、にやりと笑った。


「神の御前で懺悔してきてください、似非神父さま」


メフィストさんが瞠目した刹那、首から下げた十字架を思いっきり下へと引っ張った。

ぐは、と血反吐を吐くようなくぐもった声が足元から聞こえてきた。







ハロー、ウィン!


(そのあとのことは言うまでもなく)(私はメフィストさんの手によって押し倒された)


 

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