ゲームは一日一時間!
画面に映るイケてるメンズ。画面下のボタンをかちりと押せば、そのイケてるメンズはたちまち黒色に飲み込まれてしまった。時が止まったかのように音を失ったそれ。私はひとりガッツポーズを決めた。そうして、「やってやった」とにんまりした。
この机はメフィスト・フェレスのものである。この机の上に載っているこのゲーム機、これもメフィスト・フェレスのものである。
そして、このゲーム機の電源を容赦無く切った人物、これは私一条雛である。
メフィストさんに所用があってこの部屋に来たのだが、なんとメフィストさんは席を外していたのだ。その机の上にはBGMを高らかに鳴らすゲーム機が載っていた。
それを見た瞬間、私の悪戯心が働いた。そうして、上記の行動に出たのである。
「セーブポイント寸前かセーブしていませんように!」
「何がですか」
息が止まった。
「あー、メフィストさん、おかえりなさい」
「……私のデスクで何をしていたんですか」
「なにも。社長気分を味わいたかっただけです」
じろりと疑惑の眼差しを私に向け、それから自分の机の上に視線を移した。そこには、真っ暗な画面の携帯ゲーム機がある。やっと、メフィストさんがそれをロックオンした。
「雛さん、」
「あ、すみません。課題してきます。お邪魔しました」
「待ちなさい」
即座に踵を返して退室しようとしたら、手首をしっかり掴まれた。
「言い訳を聞きましょう」
「手が滑りました」
「嘘を言いましたね」
「いいえ、まさか」
「こちらを見なさい」
「お断りします!」
強行突破と、メフィストさんは私の頬を手で掴んでこちらを向かせようとした。私は必死に首を曲げてそちらを向くまいとする。首がギチチチと嫌な音を上げていた。
抵抗も束の間、私の首は半回転した。メフィストさんの目が目の前にある。あれ、
「わざと電源を切りましたね……」
もしかして、これは本気で怒っている?
「あなたが祈ったとおり、セーブポイント目の前だったんですよ」
尻尾を踏んだときでさえ、余裕の表情だったのに。今日は何処か違った。背後から黒い影が伸びている気がする。
「フフフ…、私の56時間のゲーム記録が…、フフフ」
俯いてしまったために目元が影で隠れた。肩を小刻みに震わせながら「フフフ」と気味の悪い笑いを続けている。キモチワルッ。
そうは思ったが、さすがの私でもこの状況がまずいことは理解できた。いつものメフィストさんではない。これは、ほんとうに怒っているのかもしれない。
「メ、メフィストさん、」
怖々と名前を呼ぶと、突然面を上げた。眉がキッと吊り上っている。
「56時間もかけたんですよ!!」
そうして吐き出された言葉は、なんとも幼稚なものであった。
「……は、はァ?」
「56時間ですよ56時間!昨日なんて寝ずに頑張ったというのに!悪魔だって睡眠を取らなかったら辛いんですよ!隈は出来るしお肌は荒れるし!分かりますか!?あなた女子だから分かるでしょう!」
「いや隈は今更気にしても仕方ねーよあと女子ですか」
「セーブする時間も惜しんで進めていたんです!」
まくしたてるような言葉はまるで子どもみたいなもので。メフィストさんの瞳からは滝のごとく涙が流れていて。まったく状況が読み込めていなかった。
「あとちょっとでミゾレさんは攻略できたんです!」
「誰ですか」
「『ドキドキ!放課後ラブロマンス!』のキャラクターで難易度がいちばん高い女の子です!」
半ば引き気味にメフィストさんの顔を眺めていたら、そういえばと思い出した。そういえばメフィストさんはオタクだった。しかしそういう恋愛シミュレーションゲームもしていたとは。お前何百歳だよというツッコミは胸にしまっておく。
「でも、画面に映っていたのは男の子でしたよ」
「あれは主人公の友人である吉田くんです!キャラクターの好感度とアドバイスを教えてくれる善良な友人です!」
「そうですか…」
もう聞いていられなかった。視線を逸らした後も、まだブツブツと文句を垂れている。もはや知ったことではない。このノリに任せて立ち去ることとしよう。ちょっとは鬱憤が晴れたし。
「それじゃあ、もう一回ミゾレさん攻略頑張ってくださ「待ちなさい」……すみませんでしたってば」
「その程度で許されると思っているんですか」
「ゲームならまたやり直せるでしょう」
「ミゾレさんと過ごした一分一秒はかけがえのないものなんです!もうあの一時は二度と戻ってくることはありません!ミゾレさんの好感度が93パーセントになったときに浮かべたあの笑顔と同じものはもう二度と見られません…!」
「うわあきもちわるい」
「そんなことを言うのはこの口ですね!」
今度は頬を摘まれて引っ張られた。メフィストさんの泣き顔が目の前にある。出来れば見たくない。本気で怒るとこんな感じだったとは。思いのほか面倒臭いぞ。
「私は怒りましたよ」
「すみましぇん」
「許しません!罰として今日の夕ご飯は抜きです!」
「ふぁっ?」
そんな子どもじみた!と真っ先に思ってしまった。56時間がそれで取り戻せるなら軽いな。私は大人しく引き下がることにした。
「わかりまひた、はんしぇいしまーす」
「それともうひとつ!」
「なんれすか……」
「雛さんにも貸してあげましょう」
頬が解放されると同時に差し出されたものは、携帯ゲーム機とゲームのカセットだった。パッケージを見てみると、
『ドキドキ!放課後ラブロマンス!』というポップな字が印刷されており、目の大きな女の子がセーラー服姿でこちらを見つめていた。
「おや、パッケージのその子に興味を持ちましたか。彼女は難易度がいちばん低い女の子のユミさんですよ」
「持っていませんし訊いていません」
「もう少し興味を持ちなさい」
「別に貸さなくていいですから早くミゾレさん攻略しなおしてください」
「私のはこちらにありますから」
「なんで二個持っているんですか」
「雛さんが興味を持ったときのためです」
「一生来ないでしょうね」
「そんなツレないあなたのために、これをクリアしてください」
「嫌です」
「逆らうと部屋のクッションが全部メッフィーになりますよ」
「ぐっ…、くそ、分かりましたよ」
「そこまで拒否されると傷付くんですが」
「たくさんのメッフィー犬に見つめられると思うとゾッとします」
「失礼な方ですねえ」
やれやれと呟いて、自分のゲームの電源を押した。そうしてオープニングらしきものを見つめながら、「ああ、ミゾレさん、あと少しだったのに」と未練がましく私の方へと視線を送ってきた。う、うっとうしい。
「じゃあ、このユミさんとやらを攻略したらいいんですか……」
「そうしたら許してあげましょう」
「はあ、がんばります」
「きっと攻略する頃にはハマっていますよ」
「はいはい」
すでにメフィストさんは私のほうなど見ておらず、画面をじっと見てボタンを押していた。時折聞こえる賢そうな女の人の声は、おそらくミゾレさんなのだろう。
散々な目にあったな。私は溜息を吐いて、メフィストさんの部屋を出た。
***
≪わ、わたしね、雛くんのこと…、ずっと好きだったの!≫
「………、」
≪ほんとう?う、うれしい!それじゃあ、これから、よろしくね≫
「うー、くそう、なんてことだ……」
「クリアしましたね?」
「うっわ勝手に部屋に入って来ないでください!」
「それで、どうでしたか?」
「……」
メフィストさんは私の顔を見て、おもしろそうにニヤリと笑った。
「全員攻略するまで貸してあげますよ」
「うっ、メフィストさんのばか…!」
ゲームは一日一時間!(ちなみにミゾレさんは34時間で攻略しました)(なんでそんなに時間かかるんですか)(全てのルート見るためですよ)((ルートっていっぱいあるんだ……))
突発企画に参加してくださった霙さまへ送る。
リクエストありがとうございました!とても嬉しかったです!
遅くなって申し訳ありません。もしよろしければ、受け取ってください!
リクエスト:ゲームか食べ物関連でマジギレする可哀想な理事長
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