89:エネミー


観念したチェイサーを回収し、すぐに懐へと隠す。遅れて目の前に現れた神木さんに、姿を隠すことなく対峙した。

目を見開き、どこか忌々しそうに舌を打つ。そんなあからさまに嫌悪感をむき出しにされるとさすがに傷つくなあ。
彼女がまだ火の点いていない化燈籠を確認していたところで、私は自分のマッチを見せた。

「あんた、あたしの敵になるっていうの」
「そういうつもりはないんだけれど、これは私が火を点けようと思って」

あえて曖昧な言葉を選んだ。その回答が癪に障ることを理解していて、挑発する。

早々に事情を打ち明けては時間稼ぎができない。私は午前四時を回るまで行動が制限されている。もちろんセイバーを使うけれど、ゴール寸でのところで定時になっては困る。神木さんがどうやって化燈籠を運ぶ魂胆なのか分からないし、時間はギリギリまでかけよう。


「神木さんは、これが何だか知っている?」
「当たり前じゃない、馬鹿にしないで。化燈籠の特性も理解しているわ」
「だったら、どうやって運ぶかもう考えはついているんだ」
「あんたとのつまらない鬼ごっこの最中に考えたわよ」

教えるつもりはなさそうだ。どうしようかなあ、と無言で考えていると、一体の白狐が私に突進してきた。それを屈んで避け、手元のライトを点灯する。光量を最大限にまで引き上げてから神木さんのほうへ放り投げた。

当てるという目的はない。足元に落ちたライトの狙いは、

<ピーギギ><ピギィ>

―――虫豸だ。光に集中する習性を持つ虫豸は神木さんめがけて密集した。

「きゃああああ!何すんのよ!」
「えっ、攻撃してきたから反撃を……」

しばらくバタバタともがいて、それから思い出したように聖水を散布した。ボトルを用意していたらしい。

びしょ濡れになった神木さんが恨めしそうに私を見ている。ライトは踏み潰されて壊れた。末恐ろしい脚力だ。白狐も<うわあ><これは酷>と青ざめていた。

「よくわかったわ……あんたはそういうつもりなのね」
「いや!ちょっとちがうというか!だって攻撃されたから!」
<ガチギレですわ><手が付けられぬ>
「そんなつもりじゃ!」

とんでもなく怒らせてしまったらしい。

神木さんはブツブツと何か文句を呟いている。白狐が攻撃するのであれば、対象指定系の攻撃だ。だったら、場所の移動は無用、むしろ直接攻撃を狙ったほうがいい。

「靈の祓!」

なるほど、確かこの攻撃は見たことがある、候補生認定試験の際に屍に使っていたものだ。向かってきた白狐二体が私を取り囲む。交錯させて構えていたダガーナイフを払い、刃を向けた。
もちろん白狐はそれを避けるだろう。しかしダガーによって術を強制的に解除されたため、その反動を受ける。白狐は霧散し、わずかな光源は一度消え失せた。


その暗闇の中、足下に現れたセイバーに、私は指示する。


「花火の場所へ」


時刻は、午前四時を回っていた。






mae ato
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