08:見えぬ見えぬ原因など
パイプ椅子が軋む音で、私は目が覚めた。長い夢を見ていたような心地だ。
ゆっくり上体を起こし、それから隣を見る。
何故だか、その人が隣に居るのが分かっていた。
「フェレスさん」
私が名を呟くと、その人――フェレスさんは紳士的に頭を下げた。
「おはようございます、まひるさん。ああ、私のことはどうぞメフィストと呼んでください。苗字は慣れていませんので」
「失礼しました。メフィストさん」
「いえ。―――ここは正十字総合病院の病室で、今は午前三時十四分です」
「ありがとうございます」
今日は入学式だった。早朝ということは、まだ学校に行ける。初日から遅刻なんてこともない。良かった。
そう考えているのが伝わったのか、メフィストさんはくつりと笑った。
私は、彼の顔を見ないよう俯く。
「メフィストさん、私の両親は悪魔に襲撃されたんですよね」
「はい。お二人は重傷ではありますが、死ぬことはないかと」
「病室は、」
「申し訳ありませんが、正十字学園町内にお住いではありませんでしたので市内病院に入院していらっしゃいます」
「いえ…、大丈夫です」
まだ痛む首を撫でながら、私は彼の顔を見た。変わらずの、貼り付けたような笑み。
「どうして私の両親を殺せと言ったんですか」
自嘲気味に笑ってそう尋ねると、メフィストさんはほんの一瞬だけ目を見開いた。
しかし、直ぐに元の表情に戻って首を傾げる。
「何を仰っているんですか。私がそんなことをする筈がありません」
「弟に頼んで、わざわざ殺させようとしたのはどうしてですか。どうして私だけを生かそうと思ったんですか。
私が、私が異世界の人間だからですか…?」
泣きそうになるのを必死に堪えながらいっきにまくし立てる。
暫しの沈黙が訪れた。私は数回躊躇った挙句、メフィストさんの顔を見た。
メフィストさんは酷く疎ましそうな、面倒臭いと言いたげな表情をしていた。
思わず、怯える。
「アマイモンの奴が余計なことを言ったんだな」
いつもより低い声でそう呟くのが聞こえた。
それから、私の目を見据えて悪魔のような笑みを浮かべる。
あの胡散らしさのある笑みではない。狂ってしまったような、そんな笑み。
「ええ、そうです。私が弟であるアマイモンに命じて、貴女のご両親を殺害させようとしました。
幸いにも、祓魔師の到着が早かった為に助かったようですが。
理由を知りたいようなのでお教えいたしますが、私は貴女に“きっかけ”を与えようと思ったがゆえにわざわざ“悪魔”に両親を殺させようとしました。
此処まで言えば、聡い貴女なら分かるかと」
メフィストさんの揶揄に、私は悲しくなる。
ああ分かってしまった。そういう、ことか。
「私を、祓魔師にするために、ですか」
よく出来ました。隣に腰掛けた悪魔が、卑しい笑みを浮かべてそう囁いた。