80:こどもになる前の物語
「やめてください、私はただの生徒で……それ以外何もありません。霧隠先生は、私を過大評価しているのでは、ありませんか……」
回避しなければ。眼を合わせてはいけない。そうすれば、私は呑まれてしまう。疑心の渦に、懐疑の袂に、猜疑の波に、呑まれてしまう。頭の痛みを抑えようとこめかみに手を当てた。それでもずきずきと、突き刺さるような痛みが響いている。
「お前は自身を過小評価している。杉、どれだけ『おかしい』のか知るべきだ。いつまでも奥村を隠れ蓑にしていられると思うなよ、直にお前にも目は向く」
知っているのだ、この人は。燐くんに衆目が集まっていることをいいことに、己の異常さに目を背けている事実を。
「メフィストの屋敷に住んでいるんだろう、お前」
何故そんなことを訊くのだろう、そんなこと、誰かに話したことさえなかった。
「あの道化がただのガキに自分の屋敷に住まわせるような優遇をするとは考えられないんだよ。確かに奥村たちも一般寮から隔離されているが、それとは全く異なる状況だ。メフィストはお前を、お前だけを、自分の手元に置いて見張っている。自分の居城の奥深くに閉じ込めてな。何故、自分の懐で、常に、監視しなければならないんだ?」
私だけを、見張り続けている、メフィストさんが?それは私が異世界の人間だから……、いや、それだけでは、
「どうにも過保護だとは思わないか、杉」
異世界の人間というイレギュラーだけで、メフィストさんは「計画」に参加させるような危険を冒すのだろうか。発覚すれば被害を被るのはメフィストさんだ。あの狡猾な悪魔がそんなことをするとは、到底思えない。その考えは、霧隠先生と同じなのだろう。だから、私は、
「おかしいんだ。お前は、何かを持っている、何かを知っているんだ、そうだろう」
おかしい、私は何を知っている?何も知らない、何も覚えていない、何も思い出せない、
「あ、たま、いたい、……っ」
ふらつく肩を霧隠先生が掴む。
「杉!気を失うなよ、お前は忘れているんだ、その記憶を取り戻せ。抵抗することなく耐えろ。お前は、思い出さなくちゃならないんだ」
どうして、記憶がないことを知っているんだ、……私が忘れていること、私が忘れたこと……それじゃない、もっと昔の、何か大切な、―――頭が痛い、割れそうだ―――、あのとき、あの人が訊ねた、―――「メフィスト、フェレス……?」―――、いたいよ、たすけ、て、
「まひるちゃん!」