79:私を作るモノ



その日、学校へは行った。けれど、塾はサボタージュと洒落込むことにした。学費云々の工面をしてもらっている身でたいそうなことだが、今日の私に塾へ足を運べるほどの精神力はなかった。学校もほとんど保健室で横になっていた。
ホームルームの後、心配してくれるクラスメイトの向こうで燐くんが伏せて微動だにしていなかったが、彼はきちんと塾へ行くことができたのだろうか。……他人の心配をする余裕も権利も私にはないのにね。



人通りの少ない小さな公園のベンチで空を見上げながら深く息を吐く。何日もこうしていられればいいのだけれど、あいにくそうもいかない。この防衛本能から起こる真っ当な逃避も、果てがあってこそ可能なものだ。必ずあの人と邂逅してしまう日が来る。そう遠くない未来に、具体的に言えば―――明日、とか。


私はネイガウス先生の後任に選ばれた祓魔師の名を呟いた。


「霧隠、シュラ……」




***






よう、と話しかけてきたその人こそ、私が回避したがっていた当人だった。赤髪を揺らして挨拶をする山田くん、もとい霧隠シュラ先生。もはやあの地味で無口な男子生徒の面影はひとつもない。

「何か、御用でしょうか……霧隠先生」

今日の講義の締めは霧隠先生の授業だった。時間割を確認していた私は、いち早く教室から飛び出したというのに、この人は追いかけてきた。

「いや何、お前だけ昨日いなかったろ?ちゃんと自己紹介をしておこうと思ってにゃー、これでも講師になった身だからな」

白々しい。あなたのその眼は、自己紹介をしにきた人間のそれではないだろう。

「アタシは霧隠シュラだ、この度ネイガウス講師の後任となった。今までのことについては、まー気にすんな、大人の事情ってことだから。後はそうだな、持つのは魔印と……剣技だな。そんなもんか、ま、よろしく」

すべて知っている情報だった。それでも、私は初めて聞くような態度を取った。

「……よろしくお願いします、私は、」


私も名乗ろうとしたその隙を狙われ、膝の間際を蹴りつけられた。壁に追い詰められ、背が冷たいコンクリートに当たる。


「知っているよ、杉まひる。お前にはかねてから目を付けていたんだ」


ぞ、と知っている悪寒が全身を伝った。


「メフィストのお気に入り、飼い猫、とっておきの駒、イレギュラー、そして……最大の不明点だ」


どれも私を示しているものとは思えなかった。しかし、霧隠先生は私を見ている。その疑心に満ちた眼で、私の大嫌いな眼で、この身を見据えている。この状況よりも何よりも、その眼が私を怯えさせた。


「なあ、杉、お前は一体何者だ?」


この質疑は、もう、聞き飽きている。





mae ato
modoru