78:絞首台への案内人


彼女はソファの一角に堂々と座っており、日本支部支部長を目前に臆するところを見せない。私は彼らに見つかってしまわないかと心配していたが、膝を折ってデスクの裏に回るよう覗き込めばちょうど隠れられた。窓はひとつが少しだけ開けられており、もう覗きの準備は万端のようだ。

「上への報告は保留にする」

女性の言葉から会話は開始された。息を呑み、その会話に集中する。

「だが奥村燐の監視は続行する。…つーワケで日本支部内にアタシの居場所用意してくれ」
「…判りました」

奥村燐の、監視。これが彼女の仕事なのだろう、そのために生徒のフリをして彼を追っていたのだ。彼の……魔神の息子の監視を頼むような「上」は、他ならぬ騎士團に違いない。

彼女は騎士團からの使いだ。そして、

「何にせよ日本支部としては貴女のような優秀な祓魔師がいてくださるのは大変心強い」

祓魔師である。

案の定といったところか。本部から送られた日本支部、あるいはその支部長へのスパイ。そういう解釈でも無理はない。敵対組織ではないから様子見とか牽制とかのほうが適切か。魔神の息子を秘密裏に育て武器にしようとするなど、リスクの高い試みに他ならない。それを目論む者が悪魔であるのなら、尚更だ。
……私はそれを監視している人の前で、一体何をして、何を見られていたのだろう。

「フン、話は終わりだ」
「オヤ、もうお帰りですか」
「……メフィスト、」

腰を上げ、扉の前で振り返る。その瞳は、あの疑心の目をしていた。

「お前、いったい何を企んでいるんだ?」

世界の安寧、魔神の討伐、武器の創造、そんな真っ当な回答は期待できない訊き方だった。

「…私は、……人間と物質界の平和を企む者です」

そして、彼女のその疑惑をメフィストさんはそつなくかわしてみせる。

「そのために虚無界を捨て正十字騎士團にいるのですから」
「―――フン…、それなら、あいつもそのための駒なのか?」

「あいつ」?

……、じわりと掌が汗で滑る。


「杉まひるのことだ」


「まひる、何かしたんですか」
「うるさい、黙って、……黙ってて」

お前に構っている余裕なんかない。雪男くんと和解し、アマイモンを回避したと思ったら、その矢先に彼女が現れた。彼女は間違いなく私に疑心を抱き、不信を露にしている。

「彼女が何か?」
「杉まひるはお前の駒にしては出来が悪すぎる、だというのに『見つかっていない』、……あいつのことまで白を切っていられると思わないほうがいい」

心臓の鼓動がうるさい、うるさくて耳が遠くなる、聞こえない、聴いていなきゃ、訊きたくない、……あの人を見ていたくない、あの人に見られていたくない、……あの目で、見られたくない、

「彼女はただの一生徒ですよ」
「……そうか、」

彼女はそれ以上の追及をしなかった。疑心のこもった暗い眼でこちらを見据える。メフィストさんを見ているはずなのに、その向こうの私が見られているような気がして、

「お前が悪魔である以上、上はお前を信用していないってことを忘れるなよ」

私は首を絞められるよりもずっと苦しかった。





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