76:かくれんぼの鬼を見つけた
私の足取りはひどくおぼつかない。時折振り返ってくれる勝呂くんに苦笑いを返す作業を幾度も繰り返していた。
チェイサーの映像を、再び覗く。もちろん状況は凄惨なものだった。ふたりともひどく歪な青い炎に包まれている。
あれは、もしかして、燐くんは理性を失っているのではないのだろうか。その眼には、倒すべき対象しか映っていない。
そのとき、ぐらりと足元が揺れた。地鳴りと地響きと、……地震、「地の王」の力だ。本能的に映像を断ってしまい、支えてくれた勝呂くんを見上げる。こんなに心配そうな彼は、見たことがなかった。
「平気、だよ」
「杉さん、今起こっとることに思い当たることでもあるんか?」
ずいぶんと的を得た質問だなあ、さすが勝呂くん。息を呑み、真っ直ぐなその瞳から目を逸らす。勝呂くんはやさしい。やさしくて仲間思いだ。
でも、だからこそ、
「……どうしてそんなことを訊くの」
私の口からこぼれたのは、冷たい言葉だった。
「いや、すまん、何でもないわ」
私の気迫に気圧されたのか、勝呂くんは深く追及はしなかった。納得していないのは目に見えて分かる。だけど、それに私は応えない。応えられなかった。
地震が治まったことを確かめてから、私たちは再び歩き出す。
私はチェイサーの映像の観察を再開した。あの高々と燃え盛っていた青い炎はなくなっていた。燐くんの瞳の色も、戻っている。よかっ、
≪何だ、てめえ≫
「ひッ、」
「杉さん?―――ちょ、どうしたんや!」
それは、間違いようもなく、疑いようもなく、確かに、確実に、チェイサーに向けて発された台詞で、そして、そこには、―――山田くんが、立っていた。
女の人の声?いや、そんなことはどうでもいい。どうして気づかれた。どうして気づかれなかった?どうして「気づかなかった」?ああ、推測も後だ。今は、今は逃げなくては。この人から、逃げなくては。
≪誰だ、見てンだろ、このカメラで。答えろ、てめえは誰で、何がしたい?≫
その人は、胸元に手を伸ばした。何故だかそれが最も危険な行為だと解った。
―――逃げて!メフィストさんの屋敷近くの森まで!後で迎えに行く!まずは全速力でその人から逃げて!
映像が、高速でぶれていくのを確かめ、待てという声と悪態が遠ざかるのを聴いてから、私は映像を切った。
「杉さん、杉さん!」
どうやらいつのまにか座り込んでしまっていたらしい。勝呂くんの憔悴しきった声が、くぐもった耳の奥に届いてくる。
「っ、ご、ごめん、なんだか調子が悪くて、」
目と耳がようやくはっきりと機能し始め、じっとりとした汗をかいている手のひらを見つめた。ひどい汗だ。手どころか身体全体が震えている。立つのもやっとだ。
それでも、こんなところでのんびりしている余裕はない。
「もう大丈夫だから、早くみんなのところに行こう……」
「そんな様で何言うとんのや!誰か呼んで、」
「大丈夫、大丈夫だから、もう大丈夫に“なった”から、早く」
早く、私を帰らせて。
チェイサーが心配だ。何より、あの「山田くん」のことが気がかりで仕方がなかった。とても、嫌な予感がする。
「……わかった。ただ、ゆっくり行くからな」
「うん、ごめん、ごめんなさい……」
ええから、と言ってくれる勝呂くんに、私はもう一度「ごめんね」と呟いた。