74:迷妄




任務の内容は簡潔だった。遊園地内のどこかにいる小さな男の子の霊の捜索だ。候補生よろしく任務は実に単純で簡単だ。子どものかくれんぼと同等のレベルだ。わざわざ候補生の訓練のためにこの任務を確保してきたと思うと、苦笑がこみあげてくる。任務内容の伝達が終了すると同時に、私たちは閉館された遊園地内へと散り散りになった。

「(さて、どうしようかな……)」

いくら簡単とはいえ任務は任務だ。着実に、確実に、堅実に、こなすに限る。子どもの霊だから、子どもらしく遊具にでも乗って遊んでいるんじゃないかな。閉館されているからからかう対象がちっともいないこともあるし。…
…人間をからかうことを楽しんでいるとしたら、数少ない人間のところに現れるかもしれない。だとすると、分かれた二人組のいずれかに接触してくるだろう。だったら、気ままに歩いていてもいいかなあ。


ふと、ガシャンガシャンと明らかに固形物を破壊せんとする音が聞こえてきた。

「アレー、おかしいですね、なぜ食べ物を吐き出してくれないんでしょう。ボクは欲しいと言っているのに」

それに付随してとっても聞きたくない声まで耳に飛び込んできた。


「何故」だとか「何を」だとか、いろいろな疑問が思い浮かぶけれど、ここで奴と顔を合わせたくはない。塾生……ましてや講師にでも発見されたら厄介だ。先日の一件もあるから、なおのこと嫌でしかない。私はルートを変更し、右折するところを左折しようと足を急がせた。


―――が、やはり強制的に右折させられた。


「まひるではありませんか、偶然ですね」
「いまのはどう見ても必然だっただろ……!」

私の首をあらぬ方向へとねじまげようとした張本人――アマイモンは、自動販売機に対して文句を垂れていたようだ。もはや呆れるしかない。
周囲に人がいないか胡乱気味に確認してから、見えにくい物陰へと移動する。

「これ、ほかのニンゲンみたく食べ物を吐き出してくれないですが、ニンゲンではないと禁止されているシステムなんですか?」
「お金をいれなきゃだめなんだよ」
「そうでしたか」
「……なに、この手」
「お金を下さい」
「なんで私があんたの食欲に金を払わなきゃいけないの」
「ボクがお金を持っていないからです」
「そうじゃなくて、なんで私がアマイモンのためにお金を出さなきゃいけないのってこと!」
「そのお金だって元を辿れば兄上の資産です。つまりボクはまひるを介して兄上にお金を要求しているんです」
「屁理屈だ……」

言い争うだけ無駄な浪費をするだけだろう、私はあきらめて小銭を手渡した。手馴れた手つきでボタンを押していくアマイモン。……ほんとうは自動販売機のシステム理解しているんじゃないのか。

「アマイモン、なんでここにいるの」
「家族会議をしに来ました」
「家族会議?」
「暇だったので」
「家族って、」
「奥村燐ですよ、アレはボクの、ニンゲンで言うところの弟にあたりますから」

文面上は平和そうに聞こえる単語も、こいつが言うと不穏に思えてならない。

「会議、なんだよね」
「ボクはそのつもりです」
「イメージの相違があるね、絶対」
「そういうことなので、まひるは邪魔をしないでください」
「邪魔なんて、するつもりないけど、迷惑はかけないで」
「迷惑とは、具体的にどのようなことですか?」
「ほかの人間に知られそうな場所で話しかけてくる、とか」
「……」

すう、とわずかに目を細め、私をじっと見つめた末に、アマイモンは端的に了承したことを告げた。飲みかけの缶ジュースを私に押し付けて、幼い子どものようにオノマトペ付きで跳び去っていく。
何事もなかったように、辺り一帯には遊園地らしからぬ静けさが蔓延していた。


「これ、どうすればいいの……」




mae ato
modoru