73:フロムワンダーランド


趣味が悪いな、という感想を胸に秘めつつ眼前に広がる光景を再度見渡す。実にポップでキュートな字体で「メッフィーランド」と描かれた看板に、実物よりも幾分かわいらしさをプラスしてあるキャラクターの風船。かわいさがプラスされているとはいえ、万人にかわいいと認められるわけではない。
つまるところ、私はこれ――メッフィーとやらのキャラクターをちっともかわいいとは思わない。だってもともとはあいつだ、見た目はおっさん、中身はおっさんどころか規格外年齢だ。むしろおぞましいくらいだ。こんな趣味の悪い遊園地に客が訪れるとはとうてい思えないが、この外界と隔離された学園町の中では数少ないアミューズメントパークなのだろう、それなりの繁盛が窺える。

一同はかの人物の銅像の足元で、全員が集合するのを待っていた。あのひとはほんとうに自分が好きだなあ。


「杉さんは初任務、どないでした?」
「……旧男子寮の後片付け」
「俺らよかひどい雑用やな。祓魔師関係ないやん」
「そのとおりだよ」

「おや、僕はしっかり説明したはずですが?」

勝呂くんのことばに何度も頷いていると、背後から雪男くんが含み笑いを浮かべながら現れた。聞かれていたみたいだ。げっ、と口から漏れる。

「人体以外の物質に悪魔の体液が付着した場合、それがどのような影響を及ぼすのか、またそれの対処法など……、どんな雑務でも学ぶ意思さえあればいくらでも学ぶことができるんですよ、ねえ杉さん?」
「まるで私に学ぶ意思がないみたいな言い草ですね」
「あったんですか?」
「燐くんは弟にどんな教育を施しているの?」
「奥村くんから学んだことはありませんよ」
「おいこら雪男!そりゃどういう意味だ!」
「ああ、そんなことはありませんね。奥村くんはとてもいい反面教師です」

なんだと!と叫ぶ燐くんを無視して、雪男くんは腕時計に目を落とした。

「…てかほかの女子遅ない?」
「杉さん、またハブられたんですか?」
「失礼なことを言わないでください。女子は全員グループ行動が好きだとは限らないんですよ」
「すみません!」

雪男くんの冷たいことばに反論していると、ちょうど間に合わせたように杜山さんの声が飛び込んでくる。パタパタと慌てて駆け寄ってくる彼女は、いつものような着物姿ではなかった。

「遅れました…!!」

正十字学園の制服に身を包み、肩に緑男の使い魔を載せている杜山さん。その後ろからしかめっ面をした神木さんが走ってくる。
杜山さん、制服つくったのかな、わざわざ。えらいなあ。

「着物は任務に不向きだからって…理事長さんに支給していただいたの…」

理事長さん?って、これだよね、と首を上げてむかつくポージングをしている銅像を見る。そんな人のような優しさや気遣いを持ち合わせていたとは知らなかった。

ちら、と杜山さんを見て、神木さんを見て、それから自分を見る。……先日のことが思い出されて、忘れていた空しさがこみ上げてきた。

全員がそろったようなので、と雪男くんが今回の任務の組み分けを発表し始めた。順当に発表し、そして、

「杉さんはどうやらグループ行動が好きではないらしいので、ひとりでお願いします」
「えっ?」
「先ほど自分で言っていたでしょう、『女子は全員グループ行動が好きだとは限らない』って」
「こんなときに掘り返されるとは思わなかった……」

「杉、杉さん!あ、あの、よかったら……」

おそらく気を遣ってくれたらしく、杜山さんは「いっしょにまわらないか」という視線で私をじっと見つめてくれる。しかしその後ろで明らかにがっかりしたような表情をする燐くんが見えるので、この提案に首を縦に振ることは適わないようだ。
そんな顔しなくてもいいじゃないか、杜山さんとふたりっきりがいいのは重々理解できるけど!

「誘ってくれてありがとう、でも、ひとりでもなんとかなると思うから!この人数を細かく分けるくらいだし、たぶん広範囲での任務なんだよ、だからしょうがないと思ってがんばるよ……」
「ほ、ほんと?そっかあ、……えへへ、私おせっかいだったかな」
「そんなことないよ!次の任務はいっしょにできるといいんだけどね、……」

その気遣いをぜひともあなたの後ろにいる男の子に学ばせてあげてほしいな。

よくやった、と親指を突き出す燐くんに、私はそろそろと足を伸ばして足の小指をめいっぱい踏んであげた。




mae ato
modoru