69:それはどこかで読んだラブコメのような展開でした






耳の奥で鳴り響く警報音がうるさい。好奇心でキラキラと光るアマイモンの両眼がこわい。あふれ出てくるいやな汗がきもちわるい。


ここから逃げ出してしまいたいけれど……それはできない。


いや、もう、この際バレてしまうリスクのほうが軽いかな。メフィストさんに嫌味を言われる、だけ、だ。それさえ耐えてしまえば、このアマイモンの尋問から逃れられる。

「アマイモン、」
「もうこの際兄上に喋ってもいいと言ったところで無駄ですよ」

逃さないとでも言うつもりか、アマイモンは私の腕を掴んだ。そのままぐいと引き寄せて、私の首元に鼻先を埋める。


ぞっとした。


「ベヒモスの鼻もよく利きますが、ボクだってそれなりに利くほうなんです」
「や、やめて」
「まひるの首を噛んだのもそれを確認しようと思っての行動です」
「聞きたくない」
「やっぱり、ふつうのニンゲンのにおいじゃありませんね」

懐からボトルを取り出し、先端に付いた突起を押した。軽い音がして、その中に入っている水――聖水が噴出される。低い叫び声が聞こえた。

そのすきに緩んだ手から抜け出す。二度も同じ手に引っ掛かるなんて、ばかな悪魔だ。追い打ちをかけようと足を上げて鳩尾を狙う。


……しかし、その足はしっかりと掴まれてしまっていた。煙が晴れて見えてきたのは、顔面をコートで覆ったアマイモンだった。

コートを払って、不敵の表情を見せる。

「また同じ目に遭うと思ったんですか」
「思ってなかったよ、……っち」
「しかしこれ以上抵抗されると面倒ですね。ウーン、」
「放せ」
「イヤです。あ、そうだ」

足を引かれてバランスを崩した私の腹を、アマイモンはかろうじて手加減をして殴った。だが、手加減をしようと彼は地の王だ。並大抵の人間の腕力とは比較にならない。

血反吐を吐くほどの痛みが全身に走り、数秒呼吸が止まった。むせている私の上に、アマイモンはまたがる。これで動けないようにするつもりか。

解放されている腕でアマイモンの肩を押して、子ども染みた抵抗を続ける。それさえも面倒に思ったのか、自分のネクタイを外して手首を縛り始めた。







……ちょっと待て。

これは、体勢とかシチュエーションとか格好とか、諸々の意味で、危ない。

「ちょ、ちょっと、あの、アマイモン、もう抵抗しないから、観念したからさ、……外してもらってもいいかな」
「その手には乗りませんよ」
「ちがう、ほんと、ほんとうだから。私はこの状況を見られるほうが恐ろしいんだよ」
「意味がわかりません」
「わかれよこのクソ悪魔……!」


アマイモンに手首を縛られ馬乗りにされている杉まひる。


こんなの、メフィストさんにだけは見られたくない。ドアの鍵を閉めておけばよかったか、いや、それは逆に、

「ああ、ドアの鍵なら閉めておきましたよ」
「なおのこと悪い!」

なんで閉めているんだ。変なところだけ徹底している。こ、この状況で鍵を閉められているとか、まるで狙っていたみたいな……。

「兄上の邪魔が入っては困りますからね」
「それは尋問についてだよね」
「ほかに何かありますか」
「……」
「ボクは悪魔だからわかりません。ニンゲンについてくわしくなりたいので教えてください」
「わかってやっているくせに、陰険悪魔!」

ほんとうにどうしよう。このまま腕を振りおろせば、アマイモンの顔面くらいは殴れるだろうか。無駄にうまい組み方のせいで足は動かせない。それならば、腕しかない。



そう思って腕に力をこめた瞬間、その手首を押さえつけられた。



「これで逃げ場はなくなりましたよ」
「……、」
「観念してください。まひるは、何者ですか?」



私の抵抗はまるで無意味だった。先ほどと何一つ変わりのない質問を、再び訊ねられる。

奥歯を噛みしめて、悔しさを必死に堪えることに専念した。




mae ato
modoru