68:さあ、こたえてみせて



ベッドの上で寝そべってみたり転がってみたり、座ってみたり跳ねてみたり……好き勝手にベッドの心地を堪能するアマイモンを、私は注意深く観察していた。
自分の椅子に浅く腰かけ、行き場のない手を膝の上でもてあそぶ。

「なんでまた、奥村燐……燐くん?メフィストさん絡みだということは解るけど」
「まひるが出かけている間に、兄上から奥村燐を見せてもらいました。実に興味深かったので、遊んでみたいと思っただけですよ」
「……ふうん、」

見せてもらった、ということは何かあったのだろうか。遊ぶ……というのはなまやさしい遊戯なんてものではないだろう。
もしかすると、ネイガウス先生の代役――つまり燐くんを本気にさせるための要員はアマイモンなのかもしれない。あの日見た燐くんを思い返せば、確かにアマイモンに敵う可能性はある。でもきっと、ただではすまない。なにせ相手は“地の王”だ。虚無界で王を名乗るほどのものなのだから、強いことは疑いようがない。……まあ、そのくらい強ければ、半ば強引とはいえ本気にならざるを得ないか。


私は、いままで共に過ごしてきた燐くんを脳裏にめぐらせる。


「燐くんは、……強くてやさしいひとだよ。
 いままでずっと独りだった分だけ、やっとできた仲間をひどく大事にしている。きっと仲間を護るためなら、力――青い炎を使うこともためらわないと思う。
 だから、アマイモンがその『次の手』なら、弱点はそこかな……」


……あれ、私、なにを言っているんだろう。
ことばは暗記していたように、いとも簡単に出て来た。こんなことを言うつもりなんて、なかったのに。弱点だなんて教えるつもりなかったのに。


これじゃ、まるで私が燐くんを売っているようじゃないか。


「……まひるは奥村燐がきらいなんですか」


ぎくりとした、両肩が大げさに跳ねる。それが、図星であるかのように。


「そんなわけ、ない。燐くんは友だちだよ」
「ともだち、ですか。ともだちなのに、そんなに簡単に弱点をしゃべっていいんですか」
「だ、だって、殺さないでしょ。メフィストさんからも本気にさせるだけだって……」
「ボクはアナタのともだちにひどいことをしますよ。具体的に言えば、そうですね、殴ったり蹴ったり、少なくとも無傷や軽い怪我程度で済む具合にはいきません。……いいんですか?」
「なんで、どうして私の許可が、いるの……」



「だって、奥村燐の“ともだち”なんでしょう?」



ああもう、ほら、予想通りじゃないか。
ネイガウス先生の一件が思い出されて、またいやな感情が浮上してきた。やっと見えないように、わからないように、上から塗りつぶしたばかりなのに。


だから、それは、“復讐”のためだから。


奥村燐には、“踏み台”になってもらうんだ。どうせ関係なくなってしまう。だって、違う世界の人間だから。私が帰ってしまえば、彼とは、彼らとは、まったく関係なくなってしまう。だから、もう、いいんだ。
それがほんとうの友だちと言えるかなんて、どうでもいい。ここでの友だちなんて、終わりの見えた存在だ。私がここにいる間の、ただの、一時的な関係。


それに、奥村燐は独りでも強い。独りでも真直ぐに生きられる。たとえ力が露見してしまっても、みんなに遠ざけられても、彼が揺らぐことなんてないんだろう。
私はそうじゃない、独りになりたくない。独りになったら、いつかいなくなるこの世界でも独りになってしまったら、どうなるかわからない。



だから、



だから、



「だいじょうぶ、なんだよ」



こぼれ出たことばに、アマイモンは何も反応しなかった。ただ、少し遅れて「変ですね」と呟いた。



しばらくの沈黙の後、「まあ、」と口を開いた。

「どちらにせよ奥村燐とは遊びますから、まひるが何と言おうが関係ありません」
「じゃあ、なんで訊いたの」
「興味本位です」
「……ちっ」

奴の遊び程度の心持でこんなにも乱されたことに、すなおな嫌悪を感じる。ほんとうにいやな奴だ。


ほんとうに、危険な奴だ。


「それでは、もうひとつ」


まだあるのか、と面倒を露骨に表現していると、アマイモンは私のほうへと人差し指を突きつけた。




「まひるは、何者ですか?」





mae ato
modoru